第3話 荒野の街で

『グッドモーニング! 今週もやってまいりました、キングダムラジオの時間です。MCは毎度お馴染みこの俺、マックス!』


 朝、小鳥のさえずる声が響き窓から陽の光が射し込む中、パジャマ姿のクレオはラジオの放送を聞きながら台所に立つ。


「ベーコンあったかな……」


 冷蔵庫から取り出したのは、ベーコンと卵。

 油をひいて熱したフライパンの上にまずベーコンを乗せ、その上に卵を割り入れる。


『まずは恒例このコーナー。ウソかホントか? 王国ウワサ話だ!』


 そして出来上がったベーコンエッグを皿の上に載せると生野菜を軽く添え、ロールパンと一緒にテーブルの上に乗せるとコップにジュースを注いでから席についた。


『港町ラボート在住のねじれスライムさんからのお便りだ。えーっと? 我が国の騎士団の総団長は、出張の度にその先で食べ歩きをしてるらしいです。このラボートでも、その姿が何度か目撃されていると聞きました』


 卵の黄身をナイフで裂くと、とろっとした中身が白身とベーコンの上に溢れ出した。

 今日は上手く焼けたと自賛しながらそれをフォークで頬張る。シンプルだが味も満足で、クレオは一口、また一口と手作りの朝食を口に運んでいった。


『騎士団の総団長といえばお偉い貴族様だぜ? そんなお方が庶民の街で食べ歩きとは、本当ならそりゃ驚きだ』


 朝食を全て平らげるとその後皿を洗い場に運び、洗って金網の上に置く。

 そしてラジオのスイッチを切ると、カーテンを閉めて服のボタンに手をかけた。


「よいしょっと」


 するりと服を脱ぎ捨て裸になると、今度はシャワールームへ。蛇口を捻って流れる湯を身体に浴び、身体や髪、顔をさっと洗い歯も磨くと身体を拭き、下着をつける。

 その後寝室に戻ると髪を乾かしてからクローゼットの中の普段着を取り出して身にまとい、長い髪を結んで鏡の前に立つ。


「よしっ!」


 そして鏡に映った自分の姿を確かめると玄関に向かって駆け出し、ガレージに続く扉を開け放った。


「おはよ、ミシェ!」

「おはよう」


 階段で一階のガレージへと駆け下りるクレオを、先に作業をしていたミシェルが出迎える。

 先の戦闘から二日。故障したクラフトマシン、バラット14の修理は滞りなく進み、今は最後の仕上げという段階だった。


「帝国製の制御回路はリミッターをかけておいたよ。バラットの性能じゃアレの動きには耐えられないみたいだからね」

「やっぱ中身だけ強くしてもダメかぁ」


 故障の原因は、市場で買って搭載した中古品の軍用クラフトマシンの制御回路。

 それ自体は一世代前とはいえ非常に高性能な質のいい高級品である。しかしそれを搭載したバラット14自体はクラフトマシン全ての中でも一、二を争う安物の小型機。それも中古品である。そのような機体では軍用制御回路の過剰なスペックに耐える事ができず駆動系の回路が発熱、発火してしまった。それが戦いの後の故障の原因だったのだ。


「行くの?」

「お金出るからさ。それに街は早く元通りになって欲しいし」

「気を付けてね」

「戦いじゃないんだから大丈夫だよ。行ってくるねー」


 クラフトマシンのメンテナンスはクレオも知識があり、しようと思えば出来るのだが流石に100を超える歳を重ねた事による蓄積された技術の差は覆し難い。

 その為機体はミシェルに任せ、クレオはこの日の金を稼ぐべくガレージから飛び出していった。






 そして場所は移り、ガレディアの街。

 相変わらず大通りは人で溢れているがガンドのクラフトマシンによる襲撃の爪痕は大きく、二日経った今でも未だに瓦礫が散乱し、建て直しの目処は立っていない有様だった。


「資材はそこに置いておけ!」

「瓦礫どけるぞ! 離れてろ!」


 この街を破壊したのがクラフトマシンならば、荒廃した街の復興の為に活躍するのもまたクラフトマシン。

 二足歩行だけでなく四足やタイヤに無限軌道のもの、腕も人間のようなものからクレーンアームのようなものまで十人十色ならぬ十機十色、様々なクラフトマシンが駆り出され元の街の姿を取り戻すべく働いていた。


「おはよう、おやっさん」


 そんな現場にクレオは訪れこの場を仕切る中年男に声をかけた。


「おお、クレオか! よく来てくれた!」

「空いてるマシンある?」

「トロンゴで良かったらあるぞ」

「こいつ動きノロいんだよねぇ。まあ工事だけだからいっか」


 クレオもまた、この街のクラフトマシン乗りの一人として復興作業に参加する為にここに来たのだ。勿論報酬が出るからというのもあるが、早くこの街を元通りにしたいという思いも確かである。


 とはいえ愛機は故障中で使えない為、用意されていた空席のクラフトマシンに乗る事になる。

 マッシヴな全身を明るい黄色に染められたその機体の名は、トロンゴ33。クラフトマシンの中でも特に巨大なパワーを与えられた機体。

 トップクラスのパワーを与えられた高性能機ではあるが、この機体にも欠点はある。それは、余りにも動きが鈍重という事だ。

 それ故に戦闘用としては使えない機体の烙印を押されて不人気だが、こうした作業用としては何ら不足ない優秀な機体なのだ。


「なんだこれ、全然持ち上がらねぇ!」

「待って、今行くー!」


 乗り慣れたバラット14ではないとはいえ、クラフトマシンの操縦では並外れた才能を持ったクレオにとっては瓦礫の撤去など造作もない事。

 初めて操縦桿を握るトロンゴ33を手足のように操り、他の者たちが苦戦を強いられていた大きな瓦礫も器用な動作で次々と取り除いていった。






 それから昼食や休憩も挟みながら作業を続けることおよそ半日。

 日が暮れ始める頃には瓦礫は八割方撤去されて、明日には建物の再建の作業にも入れるであろうところまで進んでいた。


「今日は助かったぞ。ほれ、報酬だ」

「ありがと」


 クレオはリーダーの中年男から報酬の入った包みを受け取ると、それを鞄の中に収める。


「これからどうするんだ?」

「そうだね。飲みに行こっかな」

「酒場か? あそこはろくでもねぇ連中が多いから気をつけろよ」

「この私がそんな奴らに負けると思う?」

「そうだったな」


 この時間ともなると、酒場はこれから賑わい始める頃。

 また夜を専門としている一部以外の殆どの冒険者も依頼を終えて帰ってくる頃でもある。冒険者向けの酒場では人で溢れてあらゆる情報が飛び交い、帰ってきた冒険者に向けて翌日用の依頼も張り出され始める時間だ。

 またクレオも賑やかな場所は好んでおり、夕方から夜にかけて定期的に通っているのだ。


「んじゃ、まったねー!」


 おまけに酒場はトラブルも絶えない場所。今日もどんな騒動が起こるのかと不謹慎にも胸を躍らせながらクレオは酒場へ向かう道を走り出した。


「アレはワシが作ったんじゃ!」

「ん?」


 が、しかし。人だかりの中で叫ぶ老人の声を聞いて、ピタリと足を止める。


「皆も見たじゃろう、この間の空高く舞い上がるマシンの姿を!」

「何あの爺さん」

「しっ、見ちゃダメよ」


 どうやら何かを伝えたがっているようだが、周囲からは危ない物を見る目で見られており、誰も相手にしようとはしない。


「あの装置はワシの発明なんじゃー!」

「私は知らない。何も知らないっと」


 同じようにクレオも無視してさっさと酒場へ向かおうとする。


「おお、クレオー!」

「ちっ、バレたか」


 だが後ろ姿が老人に気付かれ、大声で呼び止められてしまう。無視は失敗に終わったようだ。


「何やってるの、モーゼスの爺さん」

「これまでは見る機会がなかったが、まさかあれ程まで炸裂式スラスターを使いこなしてくれるとは! 流石はワシの見込んだ娘じゃ!」


 この老人の名はモーゼス。このガレディアの街で機械技師をしているが、老い先短い今は後先考えずに趣味でおかしな発明を生み出している老爺である。

 クレオのバラット14に搭載されて、先の戦闘で空中戦を披露した際に使用していた装備「炸裂式スラスター」も、この男の作品である。

 クレオの手に渡ったのは実験台として半ば押し付けられるような形だったが、使える物は使い倒すのがクレオのやり方。ピーキー極まりない性能であるこのスラスターもまた、自分の手札として有効活用しているのだ。


「いや、何やってるのって聞いてるんだけど? どう見ても不審者だよ?」

「何故じゃ、ワシは事実を言ったまでじゃろう」

「はぁ……」


 とはいえ先程の騒ぎっぷりは流石に見るに堪えず、その言動を窘めるクレオ。

 だがモーゼスは何が悪いのか全くわかっていない様子で、もはや頭を抱えるしかなかった。


「自分の作品見て欲しいのはわかるけどさ、さっきのじゃ変な人にしか見られてないよ」

「そういうもんかの」


 これまでは街の外の大自然の中で、魔物や山賊と戦う時に使用していたが今回は街中。クラフトマシンで空を飛ぶという行為が多くの人の目に触れて話題になってしまっている。

 それ故にモーゼスは調子に乗って自分の成果を猛アピールしているのだが、巻き込まれるクレオとしてはたまったものではなかった。


「コラーッ! あんたこんな所で何やってんだい!」

「げぇ、婆さん!?」


 そんな時、怒鳴り声を上げながら脇道から飛び出してきたのは老婆。モーゼスの伴侶である女性だ。


「あんたのせいでいつもいつも、あたしまで変な目で見られてるんだからね!」

「……行こ」


 モーゼスは老婆に叱られ、今度は別の意味で視線を集めてしまっている。

 その隙にクレオは我関せずという態度で、早々にこの場を立ち去るのだった。






 冒険者酒場。

 ここはその名の通りガレディアの街を拠点とする者から、この街を中継地点として通りがかった者まで数多くの冒険者が集まる酒場である。

 勿論冒険者ではない者も入店できるが、いつしか冒険者が多く集まるようになり、それによって仲介役としてこの場所に依頼が寄せられるようにもなった結果としてこのように呼ばれているのだ。


「やっほー!」


 武闘派の荒くれたちが多く集まる野蛮の極みたるこの酒場に、クレオは臆せず入ってきた。


「よう、クレオちゃん! 依頼探しか?」

「ううん、今日は飲みにきただけー」


 先述の通りこの酒場には依頼目当てで来る者も多い。クレオもその目的で訪れる事もあるが、今回は遊びに来ただけである。


「見てくれよこれ! ドラゴンの鱗だぜ!」

「マジ!? 見せて見せて!」


 待っていたかのように、ライフルを携えた冒険者が大きな鱗を掲げて見せびらかす。

 ドラゴンの鱗。その言葉を聞いてクレオは思わず目を輝かせながら飛びついた。しかし、その鱗を近くで見るとクレオはある事に気付く。


「これ、砂トカゲの鱗じゃない? この細かい傷とか、砂に潜っててついたやつでしょ」


 その鱗は似ているようで、ドラゴンの鱗とは全く異なる物だったのだ。

 クレオの見立てではそれは荒野や砂漠に生息する大型の爬虫類系の魔物、砂トカゲのものだった。鱗の表面の傷はライフルで付けられたものにしてはきめ細かく全体に広がっており、生態上そのような傷を持つドラゴンの存在など聞いた事がなかったからだ。

 もう一つの根拠としてドラゴンの鱗にしては薄過ぎる、と言おうとしたがそれは相手のプライドを傷付けない為に胸の内にしまっておくことにした。


「ハハハハ! バレてやんの!」

「うっせー! やたらデカかったし、俺がドラゴンだって言えばドラゴンなんだよ!」


 ドラゴンという法螺を吹いたその男を周りの冒険者たちは茶化すが、クレオはそのまま言葉を続ける。


「ドラゴンじゃないけどこのサイズなら5メートルはある大物だよね! 凄いじゃん!」


 この鱗はドラゴンの物ではないとはいえ大皿程のサイズがあり、主のサイズは最低でも5メートルはある事が推察できる。

 砂トカゲの平均サイズは2メートルから3メートル。5メートルというのは余程の高齢のサイズであり、極めて希少かつ強力な大物という事になるのだ。


 ちなみにメートルという大きさの単位は、200年前に転生者により別世界から持ち込まれてその便利さから世界共通の単位として採用されたものである。


「お、おう……」

「今度は照れてやがるぜコイツ」

「だからうっせーよ!」


 鱗の正体を見破ったクレオに褒められた事でプライドは保たれたライフルの冒険者だが、今度は照れている事を茶化されていた。


 そんな騒がしい周りをよそに、クレオはカウンター席に腰掛けるとマスターに酒を注文する。


「マスター、フルーツのカクテルをオススメで」

「新作、飲むか?」

「うんっ!」


 この店に来た時に彼女が注文するのはいつもこれ。フルーツを使った甘いカクテルを好み、毎回違う物を求めてお任せで頼むのである。

 酔う為に酒をあおる者が多い冒険者の中では珍しく、味にこだわるタイプなのだ。


「凄かったぜクレオ! この間の戦い!」

「今日も可愛いよー!」

「ありがとーっ!」


 クレオが酒場を訪れた事で盛り上がるのはやはり先日の戦いの話。街に被害を出さない為とはいえ空中戦という派手極まりないパフォーマンスを披露して街を救ったクレオは、まさに時の人だった。

 それがなくとも普段から常連の美少女という事でアイドル的な扱いを受けているのだが。


 ちなみにそのアイドル的存在が、別の酒場で全裸姿を披露している事を知る者はここにはいない。


「フルーツティーのスパークリングカクテルだ」


 程なくしてクレオの前に酒の入ったグラスが置かれる。

 紅茶入りの酒とシロップを炭酸水で割って、色とりどりのフルーツを添えたカクテルで、その見た目は一見お洒落な紅茶のようだった。

 そしてその横にはサービスとして、生野菜とチーズのサラダが置かれている。


 早速一口、野蛮なイメージのこの場にはそぐわないような洒落たカクテルを喉の奥に流し込むクレオ。


「んぅ〜っ! 最っ高!」


 そして彼女は顔を紅潮させながら、その甘い味とアルコールが齎す快感に酔いしれるのだった。


 ちなみにこのカクテル、甘く飲みやすい味ではあるが度数は20%程はある。齢18で飲酒は初心者のクレオにとっては、意外にも強過ぎるくらいの一杯なのだ。


「がぁぁぁっ! クソッ!」


 クレオが甘い酒と肴のサラダを楽しんでいる一方、依頼のカウンターでは酔った男が一人暴れていた。

 ガタイのいいモヒカン男という、絵に書いたような荒くれ者だ。


「なんでこんなやっすい依頼しかねぇんだよ!」

「なんで、と言われましても……」

「出し惜しみしてんだろ! 早く出せよ!」


 どうやら満足のいく報酬の依頼がない事が気に入らないらしく、周囲に当たり散らしているようだ。


「うるせぇな。ギャーギャー八つ当たりすんな、目障りなんだよ」


 その様子を見かねてそう口にしたのは、金髪オールバックで整った顔立ちの冒険者。武器は片手剣とショットガンのようだが、それらを椅子に置いたまま彼は暴れるモヒカン男の前に立ち上がった。


「あぁ? てめぇ今なんつったッ!」


 ただでさえ機嫌が悪い時に口出しされた事で頭に血が登り、怒鳴るモヒカン。


「目障りだから黙れつってんだよこのクソニワトリが!」


 対するオールバックも退かず、モヒカンの髪型を揶揄する言葉で怒鳴り返した。


「立てやボケェ!」

「おおー、喧嘩かー!」

「いいぞやれやれー!」


 そしてモヒカンの声を皮切りに両者共に立ち上がり、拳を構える。

 これから喧嘩が始まるという事で周囲は大盛り上がりとなり、一触即発の二人を皆が囃し立てていた。


「いけいけー! やっちゃえー!」


 カウンターに座るクレオも例外ではなく、その様子を面白がってノリノリで拳を挙げながら叫ぶ。

 それなりに正義感は持ち合わせている彼女だがバカ同士の喧嘩といった騒動は大好物である。基本的に善人であるものの、クレオも意外とならず者の一面は持ち合わせているのだ。


「オラァッ!」

「ぐっ……!」


 喧嘩の幕はオールバックの先制攻撃から上がった。

 素早い拳がモヒカンの顔面に炸裂し顔を歪ませる。


「こんの野郎ッ!」

「がっ!?」


 モヒカンも即座に反撃し、腹に膝蹴りを叩き込んだ。しかしオールバックはすぐに体勢を建て直し、脇腹に回し蹴りを叩き込んだ。


「そらァッ!」

「ぐあぁっ!」


 強烈な一撃に吹き飛ばされたモヒカンの身体がカウンターに叩きつけられる。

 モヒカンは身体を起こしながらオールバックを睨みつけるが、対するオールバックの表情は余裕で相手を舐め切ったようなものだった。


「八つ当たりしてた時の威勢はどこ行ったんだ? ニワトリくんよぉ」

「クソッ!」


 その煽るような態度で再び頭に血を登らせたモヒカンは、鋭い目で傍にいたクレオを睨みつける。


「どけガキ!」

「きゃっ!?」


 直後、突然グラスや皿ごとクレオの身をなぎ払い床に叩き伏せたのだった。明らかな八つ当たりである。


「んな甘ったるいジュース飲みやがって、お子ちゃまが!」


 そして飛び散ったサラダやフルーツを見て、クレオにそう嘲るように言い放った。


「は?」


 喧嘩で劣勢になっていたこの状況で、クレオを自分の更に下に置く事でプライドを保とうとしたのだろう。

 だが、クレオはその仕打ちを受けて黙っているような人間ではなかった。


「喧嘩売ってんの? 泣かすよニワトリ頭」


 立ち上がるや否や、清らかな笑顔でそう告げる彼女。


「おっ、クレオちゃんも参戦か!?」

「顔は怪我するなよー!」


 その姿を見て、周りはさらに盛り上がりを見せる。

 街の外からやってきたせいかモヒカン男は知らなかったのだが、クレオは喧嘩に直接参戦する事も珍しくはない。当然せっかくのカクテルを台無しにされた怒りもあるが、暴れる口実が出来た事に喜びを感じているのもまた事実である。


「わんわん泣いて後悔しても遅いからね? あ、鳴くならコケコッコーかな?」


 挑発的な言葉を投げながら、中指を立てて煽るクレオ。


 バカの喧嘩は好きだというのは先述の通りだが、そういうクレオ自身もまた自他共に認める「バカ」の一人なのだ。


「こんのクソガキがぁッ!!」

「ぶっ殺してあーげるっ!」


 拳を握り、襲いかかってくるモヒカン。


 そしてクレオが足を一歩踏み出し構えを取った瞬間だった。


「オラァッ!」


 モヒカンの剛腕が、クレオのか細い身体目掛けて襲いかかる。


「レッツストリップショー!」


 その瞬間、クレオはそう言いながら上着を脱ぎモヒカンの顔に投げつける。


「ぐあぁっ!」


 視界を遮ったその隙に、全力の蹴りを懐に叩き込んでモヒカンの巨躯を吹き飛ばした。


「一度やり合いたいと思ってたぜクレオ・フォード!」

「上等!」


 まだ喧嘩は終わっていない。オールバックが拳を構え、背後から襲いかかってきたのだ。

 その不意打ちを避けると、クレオはオールバックに向かって再び構えの姿勢を取る。


 モヒカンはともかくオールバックとクレオの間に戦う理由は無いのだが、そんな事はどうでもよかった。

 理由があるとすれば、それは二人とも同じだろう。「まだ暴れ足りない」というただ一つだ。


「どらぁっ!!」

「たぁっ! やぁっ!」

「死にやがれッ!」

「無駄!」


 互いに決定打を与えられないまま、クレオとオールバックの喧嘩は続く。

 互角の激しい戦いに、やがて金銭を賭け始める者も現れていたその時だった。


「助けてくださいっ!!」

「なんだこのおべらっ!?」


 突如扉を開けて入ってきた、黒髪の素朴な女性。

 その前にふらふらと立ち上がったモヒカンが立ちはだかりその身に触れようとするが、クレオの華麗なドロップキックが炸裂しその手は阻まれた。


「あの……」


 喧嘩で暴れ回ったせいで机や椅子は倒れ、皿や瓶が散乱し、小さな少女がガタイのいいモヒカン男を足蹴にしている。そんな混沌とした光景に女性は足が竦んでしまう。

 だが意を決して、彼女はその混沌の中に叫びを上げるのだった。


「クレオ・フォードさんはいらっしゃいませんか!?」

「私だけど」


 どうやら彼女は、クレオを探してこの酒場に来たという。だがクレオからすれば目の前の女性は見た事のない知らない人物であり、何故自分なのかと首を傾げる。


「お願いします! 私たちの村を、助けてくださいっ!」

「ふぇ?」


 そんな知らない彼女の言葉に、クレオは酔いからか思わず間抜けな声を上げてしまう。


 彼女の来訪が、クレオにとって未だかつて経験した事のない凄惨な事件に関わるきっかけになるとも知らずに。

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