第10話 日給2万どうぞ
それから1時間ちょっと歩き回ったが、他に徘徊している霊は見つからなかった。
休憩がてら昼ご飯にしようとプレハブの事務所に戻る。
片田さんに午前中の成果を報告。そして昼食タイム。
昼食の弁当は不動産屋で仕出し弁当を用意してくれていた。ちょっと豪華な弁当だ。
「なんかすごいお弁当だね」
「ここの不動産屋さんはいつも高い仕出し弁当をくれるんだ。だからお昼はちょっと楽しみ」
弁当といえば普段はコンビニかスーパーのものだ。数千円もする弁当を用意してくれるなんてありがたい。
「普段はこんなお弁当たべないもんね。法事の時に食べるくらいだよ」
「私って何にもしてないけどお弁当とかもらっていいのかな」
「めちゃくちゃ仕事してるよ。午前中もそうだけど、1人で作業するのって大変なんだよ。沢木さんがいてくれたからいつもより辛くなかった。ずっと1人で作業するのって大変だよ。2人だったから時間が進むのも早かったし。そもそも1人だったら面倒でこんなに遠くまで来たくない」
相棒って大事だと思うよ。
「そう思ってくれてるのは嬉しいけどね。なんか申し訳なくてね」
「僕と沢木さんは運命共同体なんだから胸を張っていて」
運命共同体とかプロポーズみたいで恥ずかしい。あ、そうだ。
「運命共同体で思い出した。沢木さん、僕の事は忍って名前で呼んで。月宮だとなんか他人行儀だし、これから仕事で一緒にいる時間も増えるからさ」
「忍君ね。私の事は里奈って呼んでね。運命共同体ってプロポーズみたいね。ちょっと恥ずかしいかも」
イエス!名前呼びを許されたぞ!
「わかった。お互いに君・さんはやめよう。仲のいい友人なら忍・里奈だよね」
「うん、忍。それでいいよ」
「よし、里奈。午後も優雅な散歩に行きますか」
僕たちは休憩を終えて午後の部に突入する。
午後も造成地を徘徊する。
いくつかの霊を見かけるが漂ってるだけで悪さしてるようには見えなかったので無視した。造成地を一周し3時に休憩にしようとプレハブの事務所に戻ると1体の悪さしてそうな例を見つける。
「里奈、見つけた。さっき弁当食べた休憩所の横。50代位の女性。顔が半分溶けてる。服は泥と血まみれだな。工事関係者のほうをじっと見つめてるから悪さするかも」
「すぐに除霊する?」
「ああ、午前中みたいにやってみよう。子供の霊より力は強そうだから血水(ちすい)を多めにシュッシュして」
里奈に霊の場所を詳しく教える。休憩所の裏。木が2本生えている所の裏。気から1メートルの場所。地面がすこし陥没しているあたり。
「このあたりでいいのかな」
里奈は指定した場所近辺にスプレーを撒く。おばちゃんの霊は血水を浴びて消えていった。
「OK、消えた。バッチリだったよ」
手を突き出し親指を立ててグッドを表現した。
「うまくいってよかった」
里奈は除霊に成功した事を喜んでいる。
「そういえば血水(ちすい)ってこの液体の事?」
「そうだよ。今までは名前つけなくても使用者が僕だけだったから不便はなかったけどね。これからは僕と里奈が使うものだから名前をつけた。血の水で血水(ちすい)だ」
「なんかそのままだね」
名前のセンスがない!?
いいじゃないか。適当でいいんだよ。僕と里奈しか使わない言葉だからね。血の入った水で血水。単純でいいです。
陽が大分落ちてきた。
「一番有名な奴がまだ出ないな。今日はもう無理かな?」
「今日中に除霊できなかったらどうするの?」
「また後日に巡回するさ」
また来るのは面倒なので今日中に終わらせたいのが本音。
「もう一回だけ工事現場を一周して今日は終わろう」
「うん、わかった」
まずは洞窟の祠に向かおう。
辺りは薄暗くなり山の中は大分暗い。祠に向かう山道を歩いていると木々の隙間からサラリーマンの中年男性を見つけた。山の斜面に佇んでいる男性は洞窟のほうをじっと見つめている。
「里奈、ストップ」
僕の声に足を止めた里奈は辺りを伺う。
「いた?」
「うん、左の山の斜面。ここから50メートル位。じっと立って洞窟のほうを見てる」
僕は霊のほうを指さして大体の場所を伝えた。
「私には見えないけど50メートル位先って事は、あの木が2本くっついて生えてるあたりかな?」
里奈は僕が伸ばした腕に頬をつけて霊のいる方向を確認してる。近い!
「そう、その木の5メーター手前。じっと立って洞窟を見てる」
「たしかにあっちのほうから嫌な感じがするね。行きたくないというか、見たくないというか」
へぇ、多少は感じることが出来たんだ。そういえば里奈に霊が憑いている時に、視線や気配を感じていたもんな。
「あそこまで山の斜面を歩いて行くのは辛いな。近づいてる時に動き出したら追えないし。どうしようか」
山の斜面を走ることはできない。霊が動き出して見失ったら面倒だしな。うむ、どうするべきか。
「私が行くよ。走れないけどゆっくりなら問題ないし。霊が移動したら忍は先回りするように移動して」
里奈の案にのることにした。
斜面をゆっくり登りだす里奈。這いつくばる程じゃないけど結構急だ。
「里奈!ゆっくりでいいから。怪我したら大変だからあんまり無理しないでね」
怪我するくらいなら依頼失敗のほうがいい。
「大丈夫だよ。こうみえても小学校の時は山の中を駆けずり回っていたんだから」
そう言い残して里奈は山の斜面を登っていく。サラリーマンの霊はまだ同じ場所で佇んでいる。
里奈は時間をかけながらも斜面を進む。あと10メートルまで近づいた時にサラリーマンが動いた。ゆっくり里奈のほうに振り返る。その眼窩は真っ黒なコールタールのようだ。
「里奈、おっちゃん振り向いてる。里奈のほう見てる!」
サラリーマンの霊はゆっくりと振り返り、里奈のほうをじっと見ている。
「え、本当?どうすればいい?」
里奈はスプレーを目の前に構えてこちらに顔を向ける。
「構えていて。ゆっくり近づいている。5・4・3・2・1メートル。今だ!全力でスプレーを!」
里奈は目の前の空間に向けて血水を発射。
シュッシュッシュッ……
サラリーマンの霊はもろに血水を浴びた。苦しがるサラリーマン。サラリーマンは徐々に溶けていく。あっという間に消え去った。
真剣な表情でスプレーを全力で噴射する里奈に声を掛ける。
「OK、里奈。成功だ。サラリーマンの霊は消えた。と、思うよ」
噴霧していた手を止めて里奈は、
「どっち?どっちなの?ねぇ?」
苦しみながら消えたから成功だと思う。
斜面を降りてきた里奈と祠を確認して事務所に戻った。
道中で霊の気配はない。姿も確認できなかったので大丈夫だろう。
プレハブの事務所には片田さんがいた。
「除霊には成功していると思います。サラリーマン・女性・子供は確かに祓いました。それらはもう見ることはありません。今日、現場にいなかった霊はわかりません。祠は霊を祓ったので今はただの石です。漬物石にしても大丈夫な位です」
「ありがとうございます。じゃ、いつも通り今日は4万の料金ですね。1ヵ月様子を見て大丈夫なら残りの16万円をいつもの口座に振込ます」
「はい、お願いします」
封筒に入ったお金を受け取り鞄にしまう。
「助かりました月宮さん。霊に悩んでいる不動産屋を今度紹介します。自分たちじゃどうしようもないので、月宮さんが頼りです。曰く付き物件抱えてる業者も結構あるので紹介しますよ」
その後は片田さんに最寄り駅まで送ってもらい仕事は終了した。
帰りの電車の中、里奈は席に座るとすぐに目を閉じてしまった。僕の肩によりかかり寝てる。一日歩いてたのでぐっすり寝ている。……とりあえずキスでもしてみようか。って、嘘です。でも無防備だったので手だけつないでおいた。恋人つなぎで。
最寄り駅について解散。今日の日給を茶封筒に入れて渡した。金額は言わなかったけど封筒に入ってるのは2万円。一日のバイト代なら多いほうだが危険手当とデート代かな。今日は非常にいい仕事だった。そのうち泊まりの仕事したいな。リゾート地の除霊とか最高だろ。
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