11考目 踊る宗教 8

「ちょっと、守。涼香ちゃんが自分のためってどういうことよ。」


飛鳥は机に手を置いて、守に迫る。


「涼香ちゃんは、お兄さんが、ダンスダンス教に。。。」


「違うよ。彼女は自分のためにダンスダンス教を潰させたんだ。だよね?」


そう言いながら、守は涼香に近づいていく。


「ま、守さん、ダンスダンス教を潰させたのは私のためって一体。。。」


「君は株取引だけではなく、演技まで上手いのか。立花涼香女史。いや、天才高校生トレーダーさん。」


「高校生トレーダー?涼香さんが?だってそもそも大学生じゃない。」


「うむ、正確には元高校生、だな。」


そういうと守はカバンに戻り、1冊の雑誌を飛鳥に手渡した。


「月刊株マニア?何この雑誌?」


「もう3年も前の話だ。それで特集記事が組まれている。天才高校生トレーダー立花涼香。当時高校3年生にして、総資産が株式だけで5千万を超えていたそうだ。まさに天才としか言いようがない成果だ。」


「な、なんでよ。そんな昔の記事。どうしてあんたがそんなこと知ってるのよ。取材なんてたった1回、そんなマイナーな雑誌でしか受けてないのに。」


「おや、もう敬語は使ってくれないのかい?さっきまでのキャラは結構好きだったのに。生憎、僕は情報収集が趣味でね。周期はバラバラだがひよこクラブから成人誌、スポーツ紙や聖教新聞まで、面白そうなものは一通り目を通すことにしている。天才高校生トレーダー、いかにも僕好みの記事だった。」


それだけ言うと守は元居た場所に戻って、腰を下ろした。


それから観察するような目つきで涼香を見つめた。


「なるほど。いつから気付いてたのかしら?」


そう言うと涼香も近くにあった椅子に座って、足を組んで守と向かい合う。目にグッと力が入り、先ほどまでの穏やかな雰囲気とは別人のようである。


「そうだな。僕もこの記事のことはすっかり忘れていたんだが。最初に違和感を持ったのは、会ってすぐだ。」


「会ってすぐ?」


飛鳥は守の隣に移動しながら尋ねた。


「ああ、最初に言っただろ。大学生にしては持ち物に金をかけすぎていると。」


「なるほど、それで思い出したのね。記憶力は良いみたいね。」


「いや、あの時言った通りだ。当初はダンスダンス教のことしか考えていなかったし、お兄さん関連での持ち物だと思った。でも、後で考えたらかなり不自然でもあった。」


「不自然って、どういうこと?」


守は髪をクルクルとさせ始めた。


「期間さ。お兄さんが教祖に会ってから、相談に来るまで恐らくそんなに時間が経っていないと見た。現に出世もする前だったし、業績も少し上げたという程度だった。それなのに、あんなに全身をブランド品で固めているなんて変だ。そして、それを再考し始めたのは2回目の違和感の時だ。」


「2回目の違和感?」


「うん、株取引の可能性の話をしている時だ。」


「株取引の時?あんなのどこでもする会話じゃない。」


涼香が眉毛を曲げて不機嫌そうな顔をする。


「詳しすぎたんだよ。」


守の言葉に力が入る。


「一般の、しかもこの大学に通う学生が、インサイダーの仕組みまで知っているのが妙に引っかかった。あの時飛鳥のことを無知だと言ったが、演技をするならあそこまで無知でいるべきだった。飛鳥を見習いたまえ。」


「褒めてないでしょ。それ。」


飛鳥は不機嫌そうに守を見る。


「それに田山達の話をしているとき、君は完全に興味で聞いていた。まるで兄のことなど忘れているようにね。それもそうだ。何故なら、君の関心は最初から田山達を潰せるかどうかにしかないからな。」


涼香は守を見つめ、ニヤッと笑った。


「本当にすごいわね。岩佐君は。」


「でも、どうして涼香さんはダンスダンス教を潰す必要があったの?」


守は深いため息と共にうなだれた。そして横目で飛鳥に目線を向ける。


「彼女はトレーダーだ。株式市場に最も注意を払っている人間だぞ。そんな、人間にとってインサイダー取引をやっている奴らなど疎ましいに決まっているだろ。実際ここ最近、市場の値動きは不自然なこともあった。実際かなり読みづらい市場だったよ。一体いくら損をした?」


涼香はフーっとため息をついて、目をゆっくりと閉じ、開いた。


「6千万よ。資産半分持っていかれたわ。おかげで今後の予定がガタガタ。行動が裏目裏目に出る悪夢のような期間だったわ。」


「6千万??って額が多すぎてピンとこないわ。ドーナツだと何個分?」


飛鳥が素っ頓狂な声で尋ねる。


「ドーナツどころか店と土地まで買える。随分損をしたんだねえ。だから君はダンスダンス教が怪しいことは既に知っていた。そして、俺が集めた情報と同じ所までは考えていたはずだ。」


「その通り、でもどうしても最後、田山達の通信手段がわからなかったのよ。」


「だから俺の所に来たわけか。利用されたのは気に食わないが、解決ならよかったじゃないか。中々面白い山だった。君自身は別に悪いことをしているわけではないしな。それに、」


「それに?」


「我ながらよく思い出せたよ。3年前の月刊株マニアのこと。やはり僕はアホではなかった。」


守は腕を組んでニコニコと頷いた。


飛鳥も守を見て、フフッと笑う。




バン。


いきなり涼香が机を叩く。


守と飛鳥は視線を一気に向けた。


「水を差すようで悪いけど、アタシからも言わせてくれる?」


涼香が不敵な笑みを浮かべて、守を見る。


「何だい?負け惜しみか?いくらでも聞いてやるよ。」


守の眉が少し吊り上がる。


「それじゃあ1つ。アタシもあなたの秘密、漏らしてもいいかしら?」


「なんだ、中3の時から週刊エロ萌学園を定期購読していることか?」


「うわ、最っ低!ていうかあんたの倫理観どうなっているのよ。」


飛鳥は守から逃げるように距離を取った。


「違うわよ!そんな秘密知りたくもないわ。」


「じゃあ何かな?」


守の顔が一瞬で険しくなる。


「2年前、最高学府である皇関大学入試でアナタがわざと裏面を未記入で出したこと。さらに、あの時誰を庇ってたのか。結構出回ってない情報だと思うのだけど、いかがかしら?岩佐君?」


守の顔が一気に曇る。守の脳裏には忘れたかったあの日の記憶が鮮明に蘇る。

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