10考目 踊る宗教 7
翌朝、同じ時間に3人は件のビルの前に立っていた。
構図は昨日と全く同じで、守が耳を澄まして、リズムを刻み、飛鳥と涼香がそれを眺めている。
「昨日と大体同じ、10分で1周期だ。しかし、思った通り、リズムが全く違う。」
それだけ言うと守はポケットから折りたたんだ紙を取り出した。
どうやら、どこかのホームページを印刷したもののようだ。
そして、それを片手にまた、同じようにリズムを刻む。
「その紙は何?」
飛鳥が尋ねたが、守は一切の返事をせずに、リズムを取り続けた。
飛鳥は少しムッとしたような表情を浮かべたが、少し離れて涼香と談笑をすることにした。
守の言う1周期が、3セット終わった頃、守がおもむろに口を開いた。
「うん、思った通りだ。」
それを聞いて、飛鳥と涼香が寄ってくる。
「何か分かったの?」
「ああ、すっかり分かったよ。こいつのお陰でね。」
そういうと守は1枚の紙を2人に見せた。
2人はその紙を見つめる。
「これは。。。」
「モールス信号ですか?」
「その通り、教祖は毎日モールス信号を使って、田山にメッセージを送り続けていたんだ。ダンスを踊る信者達の足音がモールス信号になっている。」
「なるほど、そんな手があったんですね。」
「モールス信号って、あの音の間隔の違いでメッセージを送るやつよね?」
「うん、ビルの構造が軽量鉄骨なのも、モールス信号を伝わりやすくする為だろうね。それにダンスのリズムが昨日と全く違う。毎日違うメッセージを送っている証拠だ。これで、田山と教祖のインサイダー取引の証明は十分だろう。」
そう言うと守は紙をポケットにしまい、スマホでどこかに連絡を入れた。
「後の事は警察に任せるとしよう。」
守は満足そうに頷くと、ニコニコしながら飛鳥と涼香を見た。
「それで、兄はどうなるのでしょう?」
涼香が不安そうな声を出す。
「うーん、正直どうなるか分からない。インサイダーに思いっきり関わっていたら、当然逮捕されるし、仕事に関する悩み相談だけなら大丈夫だろうね。どこまで関わっていたのか知らないんだよね?」
「はい、正直詳しい話は聞いてません。私、どうしよう。。。」
涼香が肩を落す。
飛鳥は寄り添うように肩に手をかける。
「涼香ちゃん、きっと大丈夫よ。悪いのは教祖と田山なんだから。逮捕されるのはそいつらだけよ。」
「うーん、別に飛鳥の味方をする訳ではないが、インサイダー取引は定義が難しくてね。しばしばそこが起訴における論争の的になることがある。ただ1つ言えるのは、取調べを受けた場合は誠実に答えることだ。」
そう言うと守は地下鉄に向かって歩き出す。
「それではまた学校で。」
後ろ向きでそう言うと、階段を下って消えていった。
「ごめんね、あいつ変なところで薄情で。」
「ありがとう、飛鳥ちゃん。でも、真実を知れてよかった。」
その後2人も歩調を合わせるようにして、駅に向かって歩き出した。
1週間後の島鳥大学にある、就活サークルの部室では、守が新聞を広げて情報収集に勤しんでいた。
一面にはダンスダンス教の教祖とその宗教団体が入っているビルのオーナーが逮捕され、一連の騒動に関わった財界の大物たちが任意同行を受けたという記事が、でかでかと載っている。
飛鳥は机を挟んで守と対面するように座っていた。
「良かったわね。」
「何がだ。それと、ものを読んでる時に話しかけるな。」
「ダンスダンス教よ。逮捕されたんでしょ?守のお手柄じゃない。」
「新聞には匿名のタレこみとしか書いてない。」
「照れなくてもいいのに。それにしても涼香ちゃんのお兄さんはどうなったのかしらね?」
守は睨むように飛鳥を一瞥すると、口を閉ざした。
ガラガラ。
部室の扉が開き、涼香が入ってくる。
「こんにちは、守さん、飛鳥ちゃん。」
2人はすぐに反応して顔を向ける。
「涼香ちゃん、久しぶり。っと言っても1週間ぶりか。」
飛鳥は笑顔で涼香を迎える。
守は目線だけで挨拶をして、新聞に目を戻す。
「ちょうど今涼香ちゃんの話をしてたの。その後お兄さん大丈夫だった?」
飛鳥は心配そうに尋ねる。
「うん、お陰様で事情聴取だけで終わったみたい。昇進は取り消しになっちゃったみたいだけど、以前と同じようにコツコツと頑張るお兄ちゃんに戻ってきた。飛鳥ちゃん、本当にありがとう。」
涼香は軽く頭を下げた。
「いや、私は何もしてないよ。お礼なら守に言ってやって。」
涼香は守の方を向いて深々と頭を下げる。
「守さん、本当にありがとう。」
頭を上げて、守を見つめる。
「兄のためにここまでしてくれて。守さんって本当にすごいのね。私、 」
「兄のため?」
守は割り込むように言葉を遮り、立ち上がった。
「自分のための間違いだろ?」
そう言うと守は目を細め、真っ直ぐと睨むように涼香を見た。
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