9考目 踊る宗教 6

都心のオフィス街にある3階建てのビル。


道路は通勤の為に往来する車の喧騒で溢れている。


周囲には超高層ビルが立ち並び、一目で一等地と判断できる場所に、件のビルは建っていた。


飛鳥と涼香は地下鉄の駅を出てすぐの場所に立ち止まった。


目的のビルは彼女たちのすぐ目の前にある。


「ここが例のビルね。駅からも近くて、周辺にかなり会社も多いわね。ザ・オフィス街って感じ。」


「そうですね。場所だけで、人は十分に集まりそうな立地ですね。」


飛鳥たちは到着からしばらく談笑していたが、次第に会話も尽き始めていた。


2人の間には互いにいまいち相手に踏み込みきれない、気まずい雰囲気が漂っていた。


お互いがお互いを探り合うような、若干の居心地の悪さを感じている。


2人は視線を合わせないまま、しばらく沈黙が続いた。


飛鳥がちらりと時計を見る。


時間は7時半を過ぎて40分になろうかという時間だ。


これをネタとして飛鳥が口を開く。


「それにしても守遅いね。いつもあんなに時間にうるさいのに。」


「そうですね。てっきり7:30に合わせて集合かと思ってましたね。」


「来たら文句言ってやる。」


2人は久しぶりに目を合わせ、その後互いにフフっと微笑んだ。





昨日2人の元に、守から来たラインは


「明日、朝ビルの前。」


と、非常にシンプルな内容であった。


飛鳥が時間を聞き返したが、それに対して返信は無かった。





「そもそも、あんなラインで人を呼び出すのもおかしいわよね。時間も既読無視だし。」


「でも私たちたまたま同じ電車で着いたことだし、もしかしたら気が合うかも知れませんね。」


そういうと涼香は目元をくずして、飛鳥に笑いかける。


飛鳥もそれを見て、表情が和らぐ。


「ほんと、そうかもね。」


飛鳥もニコっと笑いかけたところで、守がいつもの格好で現れる。


黒の長袖に、黒のジーパン。最早彼のユニフォームともいっていい見慣れた格好だ。


その姿は瞬間的に飛鳥たちの目に入った。


「やあ、時間通りに集まってくれてありがとう。」


「どこが時間通りよ。すっかりダンスが始まってるわよ。」


ビルの周辺には、都会の喧騒に埋もれることなく、ダンスの音と人の足音が響き渡っている。


「いや、時間通りだ。うん、思った通りありえないことが起きている。」


そういうと守はビルを見上げ、耳を澄ませる。


飛鳥と涼香は顔を見合わせ、小首をかしげる。


「何が聞こえる??」


それを聞いて飛鳥と涼香も耳を澄ませる。


「うーん、踊っている音は聞こえるわね。」


守たちの周辺には、ビルの喧騒に負けじと信者たちの足音が響き渡っている。


「そうですね。でも、それ以外の音も聞こえるんですか?」


「いや、僕にも踊っている音しか聞こえない。だが、それで十分だ。おかしいと思わないか?」


「何が?」


「音が漏れすぎてる。」


「そう言われると。。。」


「確かに。。。」


飛鳥と涼香は更に注意深く音に耳を澄ませる。


「このビルの建物構造は、」


そこまで言いかけて守は3歩踏み出して、飛鳥と涼香の方に向きを変え、2人と向き合う形になる。


「いや、まずはこの話からか。建物には大きく分けて3つの構造がある。音が漏れやすい順番に木造、鉄骨造、そして鉄筋コンクリート造だ。鉄筋コンクリートは文字通りコンクリートで壁を作っている。そのため防音性に非常に優れている。因みに周辺にある建物はほとんどが鉄筋コンクリート造だ。」


「でもこのビルはかなり音漏れしてるわね。」


「ああ、3階建てで、通常のオフィスと同じくらいのフロア面積を考慮すると、まず木造はありえない。建物としてもろすぎるからな。」


「ということはこのビルは鉄骨造ということですか。」


「その通り、それも軽量鉄骨造だ。」


飛鳥の顔がしかめっ面になる。


「軽量鉄骨?何それ?」


「鉄骨造には更に2種類あり、軽量鉄骨と重量鉄骨がある。大抵の場合、軽量鉄骨は2階建までの家やアパート、小さい店なんかでも使用されることが多い。費用が安く済むためだ。一方重量鉄骨は3階建以上のマンションやビルなんかに使われる。もちろん重量鉄骨の方が、構造的にも頑丈で、防音性も高い。しかしこのビルは。。。」


守は目の前の2人を交互に見る。


「3階建なのに軽量鉄骨ということですか?」


「その通り。とても不自然だよ。後はそうだな。。。」


そこまで言うと守は再びビルの方を向いて、耳を澄ませ始めた。


次第に守の足が動き出す。聞こえてくる音をそのままリズムにしているようだ。


飛鳥と涼香はその様子をただ眺めている。









守はしばらく集中して音を聞き続けた。


飛鳥がちらりと時計を見る。時間は8時を回っていた。


「ここまでが一周か。よし。」


突然守が声を出す。


涼香が声に反応してビクッとなる。


飛鳥は慣れた様子で、守の顔を見る。


「何か分かったのね。」


「いや、分からなかった。それでは帰ろう。また明日同じ時間に集合だ。」


それだけ言うと守は2人を残し、地下鉄の駅に向けて、歩き出す。


「ちょっと。」


飛鳥が呼び止めると、守はピタリと止まって、振り返る。


「因みに飛鳥君、ザ・オフィス街ではなく、ジ・オフィス街だ。言語を学ぶ者として気をつけたまえ。」


飛鳥の顔が途端に険しくなる。


「何の話よ。」


「どうせ、君のことだ。この風景を見てザ・オフィス街なんてコメントをしたのだろうと思ってね。じゃあ、また明日。」


それだけ言うと再び駅に向かって歩き始めた。


残された2人は顔を見合わせ、しばらく見つめ合った後、呆然と守の後姿を見送るしか出来なかった。


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