12考目 涼香外伝1 乙女心とパン屋さん
とある日曜日。
涼香は駅前の八町通りを歩いていた。
島鳥大学のある最寄り駅には、他の大学もあり、日曜は学生でとても混雑する。
「はー、どこも混んでるなー。」
涼香は独り言を言いながらスタスタと歩いていく。
目的はお気に入りのパン屋「ぱんぱん」だ。
ぱんぱんの前にやってくると、涼香は大きく深呼吸をする。
「はー、日曜の朝はやっぱりぱんぱんですわ~。日頃のすさんだ心がリセットされるようです。って誰がすさんでんねん!」
涼香は忙しく独り言を言う。
通行人が涼香に注目するが、本人はどこ吹く風といった様子である。
「ぱーんぱーん、素敵なあの子とぱーんぱーん♪いつでもどこでもぱーんぱーん♪」
涼香は上機嫌に歌いながら店に入る。
もちろん歌は涼香オリジナルソングである。
「ぱーんぱーん、素敵なあの子とぱーんぱーん♪いつでもどこでもぱーんぱーん♪
おじさーん、ごきげんよう!」
店に入ると涼香は店主に挨拶をした。
店主がカウンターから顔をのぞかせる。
「いらっしゃい涼香ちゃん。」
「いらっしゃいませ。」
レジにいる大学生くらいのバイトの女の子が続いてあいさつする。
「涼香ちゃん、今日もご機嫌だね。でも今日のオリジナルソングはやめてくれるかな。」
店主が少し困ったように笑いかける。
「あら、どうしてですの?ぱんぱんのイメージソングですわ。」
「いやー、違うイメージついちゃうから。ゴリラのナンパソングみたいだから。
若い子がどこでもぱんぱんとか言わないほうがいいよ。」
「ふーん、変なおじさん。会って3秒でセクハラとは。」
店主は口をパクパクとさせて、言葉を探したが、浮かばなかった。
話を断ち切るように言葉を絞り出す。
「ところで今日はどうする?いつものジャムパンかい?
それとも名物塩食パンにするかい?」
「んー、今日はちょっと原っぱの気分なの。だから店内を物色するわ。」
「原っぱって。相変わらずよく分からないね。食べたいものがあれば出すからね。」
「ありがとう、おじさん。」
そう言うと涼香は店内を見て回り始めた。
もちろんオリジナルソング付きで。
涼香が色々とみている間、店主とレジの女の子が話をする。
「そうだ、レミちゃん。例の彼とは何か進展があったかい?」
「いえ、全く。そもそも会話すら出来てません。」
「なんだい、なんだい。若いんだからもっと積極的になりなよ!
例のものならすぐに用意するよ!」
「いえ、どうしても勇気が出なくて。。。」
その会話に涼香の耳が反応する。
「あーらかわいいお嬢さん。随分とかわいいお話をしてるじゃない。お姉さんにも聞かせてみなさい。」
涼香が妖艶にレジに近づく。
「いや、涼香ちゃん。その子は君より年上だよ。」
涼香はムッとしながら店主を見る。
「お~じ~さ~ん、何も分かってないわね~。女の年齢は一定で止まるのよ~。上も下もな・い・わ。」
涼香は鼻声でまくしたてる。
店主とバイトの女の子は言葉を失う。
ふと店主が我に返るように話し出す。
「いや、でも涼香ちゃんなら色々詳しいし、何か相談に乗ってくれるかもしれないね。レミちゃん、少し話してもいいかな?」
「恋愛相談なら任せて!経験は無いけど口は出せる自信あるわ!」
涼香はえっへんっと胸を叩く。
「えっと、じゃあ。お願いします。」
「うんうん。」
涼香は満足げに頷く。
「僕が言っといてなんだけど、大丈夫かな。」
店主は心配そうに涼香を見る。
「で、どんな恋をしてるのかしら?」
涼香は目を細めて、レミを見る。
「実は、ここに来るお客さんなんですが。」
「あらあら、ひとめぼれかしら。」
涼香がフフッと笑う。
「いえ、かなり頻繁に来るお客さんで、何度か通ってもらっているうちに気になっちゃって。」
「どんな人なの?」
「いつも食パンの切れ端を買っていくんです。」
「切れ端?」
「そう、サンドイッチを作る時に出る切れ端だよ。
普段なら捨てちゃうんだけど、どうしても欲しいと言われて特別に売り出したんだ。10円でね。」
店主が説明する。
「ほーそれは、それは。苦学生かな?」
そういって涼香は視線をレミに戻す。
「そうですね。第一印象はそんな感じです。」
レミはうんと頷く。
「でも、そのけだるいというか、脱力感が妙に気になって。
一度考え出したら彼のことが頭から離れなくなってしまったんです。」
「確かにレミちゃんの言う通り、ぱっと見は活力のない男子学生という感じなんだけど、よく見ると顔もイケメンでね。惚れる理由も分かるって感じだよ。」
「草食系が好みなのね~。
なるほど。で、どうアプローチしていくの?」
涼香は店主とレミを交互に見ながら聞いた。
「うーん、それが難しくてね。相手の子も積極的に話す感じでもないし。
第一、掴みどころもイマイチないんだ。」
「そこで、せめて何かの役に立てればとは思うのですが。。。」
「何かの役って?」
「この前話してたのは、その人が買ってくれる食パンの切れ端にうちの名物も混ぜてサービスしようって話してたんだ。」
「塩食パンのこと?
でも、塩食パンってサンドイッチに使ってないから、切れ端出ないじゃない?」
「そこはー、ほら。サービスというか。特別に塩食パンで作ったサンドイッチもついでに開発してさ。」
「あーはーん。一石二鳥なのね。」
涼香はふんと声を漏らして、店主を見る。
「店長さんにそう言ってもらったので、お願いしようかと思って。」
「なるほど!冴えない男子の胃袋からいってやろうという作戦ね!」
「うちのパンで幸せになってくれる子がいるなら、僕も幸せだしね。」
店長は満面の笑みで2人に語り掛ける。
「ありがとうございます、店長さん。
でも、問題はどうやって渡すかで。。。
せっかくなら少しお喋りしながら渡したいのですが、勇気が出なくて。。。」
「なるほどねー。」
涼香はしばらく考え込む。
「ところで、おじさん。食パンの端切れを買いに来る人って結構いるのかしら?」
「ああ、まあそこそこいるよ。大体学生だけどね。
俺も学生時代は食べるものがなくてね。そんな苦労をしてほしくない訳さ。」
「あー、やっぱりそこそこいるわよね。」
涼香は顎に手を当て、じっと考え込む。
「分かった。作戦は中止ね。」
「え?」
店主とレミの声が重なった。
「どういうことだい、涼香ちゃん?」
店主が慌てたように尋ねる。
「その作戦、最悪よ。私に相談して良かったわ。
ここら一帯のお客を失う可能性すらあったわ。」
戸惑う2人を目の前にして、涼香は不敵にニヤリと笑った。
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