Autumn-10

『俺は晴も由芽も眩しかった。お前は俺と同じように教師に反抗してたって結局はいつも教師に信頼されてた。由芽も何かあると俺じゃなくてお前を頼った。俺は晴や由芽みたいに頭良くねぇから偏差値高い高校には行けなかったし、こんな風にしか生きられない。由芽も俺に愛想尽かして離れていった』

『……由芽の親のこと知ってるか?』


 沙羅の側を離れた晴が律と対峙した。扉を背にして立つ律と部屋の中央にいる晴。

晴は7年の歳月を経て律と再び向き合おうとしている。


『お前は由芽の葬儀にも来なかったから由芽の親がどんな人間か知らないだろ。由芽の親はかなり厳しいんだ。由芽は学校でも家でも優等生でいることを強いられてきた。だから律と付き合ってるってバレた時はめちゃくちゃ叱られたらしい。親からお前と会うのを禁止させられたんだ』


律の顔が悲しみに歪む。彼は首を左右に振って喚いた。


『そんなの知らない……っ! 由芽はそんなこと一言も……。俺に付き合いきれなくなったから別れたいってメールが来ただけで……』

『律が傷付くと思って言えなかったんだよ。別れの原因はそれだけじゃないだろうが、本当のことは由芽にしかわかんねぇしな。大人は肩書きで判断する生き物だろ? 俺はたまたま進学校に入れたから由芽と一緒にいても由芽の親に文句言われなかっただけ』


 子どもの人生を管理したがる大人は多い。由芽も人生を管理してくる親に悩まされていた。

晴に恋をしていた由芽は友達として律も大事だった。交際の過程で律に恋愛感情が芽生えていたのかは本人にしかわからない。

由芽は誰も傷付けたくなかった。優しくて、ずるい、晴と律に向けられた不器用な愛情。


『由芽は自分がどうしたいかじゃなくてどうすればその場が上手く治まるかを先に考える奴だった。クラス委員の時もそうだったよな。俺達とのことだって自分の気持ちよりも律の気持ちを優先した。親がいつか律を傷付けるんじゃないかと思って自分から律に別れを言った。俺達が惚れた女は宇宙一不器用な女だよ』


晴と律、二人の男に愛された星空が大好きな女の子は不器用にしか生きられない人だった。


『……沙羅。一瞬でいい。目、つむってろ』


 静かに放たれた晴の言葉に沙羅は困惑しつつ従った。閉じた瞼の向こうで律のうめき声が聞こえる。

沙羅が目を開けた先には腹部を押さえて膝から崩れ落ちる律と仁王立ちの晴がいた。


『沙羅を狙ったことは許せねぇんだ。これは俺達四人分の怒り』

『……腕は……鈍ってねぇな……』

『これでも黒龍のNo.3張ってたからな。お前が沙羅にやったことは由芽を事故に追いやった奴らと同じだ。アイツらと同じとこまで堕ちてんじゃねぇよ』


 晴の渾身の一発は赦しの証。


自分と誰かを守るために拳を使えと悠真は言った。悠真があえて沙羅を、と言わなかったのは“誰か”に律も含まれているからだと晴は察した。

律とはいつもこうすることでしか解り合えなかった。由芽が宇宙一の不器用女なら晴と律も宇宙一の不器用男だ。


 苦笑いして咳き込む律は写真を床に放り投げた。夜空の封筒に同封されていたものと同じ写真とそのネガフィルムだ。


『ソレもういらねぇから。本当はオヒメサマ人質にしてバンド辞めろって脅すつもりだったんだ。晴が脅しに乗らなくても人気バンドのドラマーが元暴走族って週刊誌にネタ売ればいい金儲けになるしな』

『お前の考えることなんて悠真が全部お見通しなんだよ。うちの社長が手を回してるはずだ』

『やっぱりアイツ苦手。……まじにその子と何もねぇの? 女と一緒に暮らしてたら普通はヤるだろ』


散らばった写真を拾う晴と沙羅を律は呆れた眼差しで眺めている。彼は晴の一撃を喰らった腹部をまだ押さえていた。


『律も“普通”をあんなに嫌ってたのにな』

『大人の決めた“普通”は大嫌いだ。でも男の普通は違うじゃん。女と同じ家にいて理性が保てるか?』

『俺は沙羅のことは家族だと思ってるし、他の奴らもお前が考えてるよりも沙羅への想いは純粋だ。沙羅を欲の捌け口にはしない。沙羅はオヒメサマじゃなくて俺達の家族なんだよ』


 回収した写真とネガフィルムをバッグに入れる時、晴に紙とペンを貸してと言われた。沙羅は手帳のメモページを破ってボールペンと一緒に渡した。


晴が走り書きしたメモは律の手に渡る。律は怪訝な顔でメモを見つめていた。


『そこに書いた電話番号は氷室龍牙さんの番号だ。龍牙さんには律のこと話してある。仕事のことも相談したら力になってくれるよ。連絡待ってるって言ってた』

『ブラックオニキスと敵対してた黒龍の初代リーダーを頼れって言うのか?』

『今さら敵対グループも関係ねぇよ。俺達も年齢としては大人だけどまだまだガキで青臭い。仮面張りつけた嘘臭い大人に利用されたりもするよな。けど信じられる大人もいて、大人になるのもそんなに悪いもんでもないって最近は思う』


 凍える日陰を温かく包み込むのは太陽の役目。そんな彼らを見守る夜空の星が由芽。


 三人は一緒にホテルを出た。渋谷の小路こうじで別れた一人と二人。遠ざかる律の背中は小さく丸まっていた。

寂しげに佇む晴の手を沙羅は握った。握り返してくれる大きな手は温かい。


『昔はすげぇ仲良かったのに、なんで律とあんなにこじれちまったんだろうな……』

「律さんは晴が眩しかったって言ってたね」


 渋谷の湿った風が二人の髪や服を揺らす。夕暮れの太陽は空を覆う分厚い雲に遮断されて地上からは見えない。


友達だけど、友達だから、律は晴に嫉妬した。由芽の恋心の相手の晴が眩しかった。


『俺はそんなにキラキラしてる奴じゃないんだけどな』

「ううん。晴はお日様だよ。それもね、秋の太陽なの」

『秋の太陽?』


晴と繋いだ手を大きく振って歩く沙羅は微笑した。晴の温かさは夏のギラギラとした灼熱の太陽ではない。


「少し肌寒くなってきた秋の日向ってぽかぽかしてホッとするでしょ。私にとって晴はそんな人。ホテルに晴が来てくれた時もホッとしたんだよ」


 そこにいるだけで人を安心させる温かさは晴の音色にも宿っている。

悠真のギターと星夜のベースの後ろで刻まれる晴のドラム。晴の音が四つの音色を一纏ひとまとめにして支えているからこそ、歌い手の海斗と演奏者の悠真と星夜、皆が安心してそれぞれの力を発揮できる。


手を繋いで家路を辿る二人の姿は兄と妹のよう。


『律に脅されたからって彼氏じゃない奴とは二度とラブホに行くなよ。沙羅はあんな場所に行ったら絶対ダメ。円山町は近づいちゃダメ。わかった?』

「はぁい。晴ってお父さんみたいだね」

『そこはお兄さまって言ってくれよ……』


 沙羅が笑うと晴も笑う。お日様の人と手を繋ぐ沙羅の心に流れるのはヴィヴァルディの秋のメロディだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る