Autumn-11

 UN-SWAYEDの四枚目のシングル〈迷宮回廊〉が6月10日にリリースされた。ドラマ主題歌に起用された迷宮回廊は初動67万枚を売り上げシングルチャート初登場1位を記録。


発売2週目以降も売り上げを伸ばし、グループ初のシングルのミリオンが目前に迫った6月28日の日曜日。


 緒方晴は地下鉄四谷三丁目駅の出口から地上に出た。鈍色にびいろの空からは小雨が降っている。

傘を差して新宿通りを歩く彼は携帯のメール画面に添付された地図の通りに交差点を左折した。


道なりに進んで今度は右折して三栄さんえい通りに入る。やがて目印の公園が見えて目的の建物に辿り着いた。三階建ての灰色の建物は外に螺旋階段がある。

指定された階数は二階だ。螺旋階段で二階に上がった晴は雨粒が光る傘を閉じて、扉横の呼び鈴を鳴らした。


 数秒待って開いた扉から覗いた顔は知らない男。男が身に付けているスーツとネクタイは一見するとサラリーマン風の装いだが、漂う異質な雰囲気はサラリーマンとは違っていた。


『早河と申します。氷室さんを通じて結城ゆうき純夜じゅんやさんの捜索を依頼された緒方さんですね』

『はじめまして。緒方です』


 早河と名乗った男に導かれて晴はその事務所に足を踏み入れた。晴が訪れた場所は早河探偵事務所。

室内のソファーにいるもうひとりの男が晴を見て片手を挙げた。この男は晴がよく知る人物、弁護士の氷室龍牙だ。


 晴は龍牙の隣に腰を降ろした。コーヒーでいいかと早河に尋ねられて頷いた彼は渡された名刺に視線を落とす。

名刺の肩書きは早河探偵事務所 所長、早河はやかわじん

早河は龍牙の知人らしいが、弁護士の知人が探偵というのも異様な組み合わせだ。


『純夜が見つかったんですよね?』

『ああ。個人情報は外では話せないからな。晴にここまで来てもらうしかなかったんだ』


龍牙と二言三言の会話を交わしているうちにコーヒーの香りが漂ってきた。龍牙のカップは既に空になっている。

晴と龍牙、二人分のコーヒーを運ぶ早河はコーヒーカップの横にクリアファイルを置いた。


『こちらの報告書に結城さんの職場の記載があります。現在は東京を離れて岡山にいるようです』

『岡山?』


 晴はクリアファイルに入れられた報告書に目を通す。純夜の職場の住所は岡山県倉敷市となっていた。


『念のため純夜さんの顔の確認をお願いできますか?』


報告書に同封された写真には作業着姿の男が写っている。これも盗撮の部類になるのだろう。

わざわざ岡山まで出向いて本人かどうか依頼人に確認するために盗撮をする。

探偵とはなかなかにダーティでハードな職業だ。


『写真の男は多分、純夜だと思います。双子の弟と顔がそっくりなんで』

『万一、人違いであれば至急ご連絡ください』


 純夜が結城家を出て3年、星夜の話では純夜からの音沙汰はなし。事件や事故に遭えば結城家に連絡が来る。

連絡がないのは元気な証拠だと星夜は笑っていたが3年間も兄の所在がわからない不安はあっただろう。


『私の仕事はここまでです。結城さんに会いに行くのも行かないのも自由です。結城さんの弟さんと話し合って決めてください』

『はい。純夜を見つけてくださってありがとうございました』


 異質な雰囲気を放つ探偵が淹れた旨いコーヒーを飲み終えて龍牙と連れ立って事務所を出た。

積もる話もある晴と龍牙は雨に滲む四谷よつやの街で一際賑わう店に立ち寄った。珈琲専門店Edenエデンは雨宿りをする老若男女で溢れている。

運良く座れた二階の窓際の席に二人は落ち着いた。


『律はその後どうですか?』

『ここで仕事始めたよ。まだ試用期間だが、問題がなければ社員として迎えてもらえるよう交渉しておいた。お前も落ち着いたら会いに行ってやれ。最初は気まずくても友達だったんだ。そのうち元通りの関係になれる』


龍牙にはアルバイトを転々としていた律の就職先を相談していた。龍牙に教えられた律の新しい就職先は宅配業者だ。


『純夜のことや律のことも、龍牙さんには面倒かけてすみません』

『水臭いこと言うな。しかし晴は昔っから情に熱いな』

『そんなんじゃないです。天国にいる由芽を悲しませたくないだけの、自己満足の正義です』


 人間は自己満足で生きている。嫌われたくない、傷付けたくない、好かれたい、助けたい、突き詰めればどれも自己満足だ。


 本日二杯目のコーヒーに口をつけた晴は真珠色のカップの中身をまじまじと見つめる。

晴が注文したのはマンデリンのカフェオレ。ミルクと混ざるコーヒーの苦味に既視感を覚えた。


『このコーヒー、探偵事務所で飲んだ味と似てる……?』

『事務所の豆はここで買ってるんだ。旨いだろ?』

『はい。悠真がコーヒーに凝る奴なので土産に良さそうです』


晴達がいるEdenの二階はカフェ、一階はコーヒー豆の販売スペースになっている。悠真への土産に豆を買って帰ろう。


『龍牙さんとあの早河って人はどういう知り合いなんですか?』

『早河は元刑事だ。アキの相棒だった』

『アキさんの? ……まさかアキさんが庇った同僚の刑事が……』

『早河だ。アキの死の責任を取る意味もあってアイツは刑事を辞めた』


 2年前の香道秋彦の訃報は黒龍の元メンバーにも伝わっていた。香道は同僚刑事を犯人の弾丸から庇って代わりに撃たれた。


『あの人を庇ってアキさんが亡くなったのなら、龍牙さんはあの人を責めたりしなかったんですか?』

『アキの両親や婚約者は早河を責めてたよ。妹のなぎさもな。そうすることでしか感情の行き場がなかったんだ』


 晴も由芽の死の直後は律を責めた。律は由芽を守れなかった晴を責めた。

誰を責めても由芽は生き返らないとわかっていても誰かを責めて罵倒して憎むことでしか空っぽになった心を埋められなかった。


『俺は早河を責められなかった。アキが命を懸けて守った命が早河だ。だからアキがそこまでして守った早河が立ち上がるのを待ってた。早河から探偵事務所の顧問弁護士を頼まれた時も迷いはなかったよ。アキが相棒と認めた早河にとことん付き合ってやろうと思ったんだ』

『龍牙さんはそんなことまで……』


龍牙が探偵事務所の顧問弁護士を受け持っている話は初耳だ。守秘義務がある弁護士は誰であっても部外者には仕事内容を語らない。


『そうしたら、なぎさが早河の事務所に転がり込んできてな。話を聞いた時は俺も笑いが止まらなかった』

『なぎさちゃんはフリーでライターをしているんじゃ……』

『物書きの傍らで早河の助手やってる。最近じゃ本業が探偵の助手みたいだって早河がぼやいてた』


 確かにあの探偵事務所には随所に女性の気配が感じられた。

殺風景な事務所には花瓶に生けられた花があった。早河探偵はお世辞にも花を愛でそうには見えない。

ペン立て代わりのマグカップは赤と白のハート模様。他にも女性社員の存在を匂わせる物がいくつかあった。

あれらは探偵の助手を務める香道なぎさの持ち物なのだ。


『でもなぎさちゃん今日はいませんでしたね。会ってみたかったです』

『探偵の助手の仕事は日曜は休みらしい。なぎさはお前らのファンだから、いつか会えたらサインでも書いてやってくれ』


 窓から見える濡れた街には傘の花が咲いていた。

雨宿りにカフェで過ごす人々が耳を傾けるのは店内に流れるジャズピアノの音色。雨の日にはコーヒーとジャズピアノがよく似合う。


『生きている人間は生きることでしか償いはできない。早河もアキを死なせたことを後悔しながら生きてるんだ』


後悔しても生きることでしか償えない。

由芽はもういない。由芽を守れなかった晴と由芽の死の原因を作った律。

後悔しながらも二人は前に進むしかない。


 思えばUN-SWAYEDは喪失者の集まりだ。晴は由芽を、星夜は母親を、悠真と海斗は幼い頃に師事していたヴァイオリンの先生を。


 ノスタルジーなヴァイオリンの音色を伴って寒空に輝くベテルギウス、プロキオン、シリウスの神秘的な冬の大三角。

物語は秋の太陽から冬の夜空へ……。



第二楽章~四季~【秋】編 END

→【冬】 編に続く

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