【冬】
Winter-01
~その人は冬の夜の澄んだ空気のように凛とした神秘的な雰囲気を纏う人~
*
7月3日(Fri)
ピアノの沙羅、フルートの織江、チェロの
鍵盤楽器ピアノコースの沙羅、管打楽器フルートコースの織江、弦楽器チェロコースの亜未、学科は違うが三人は高校の音楽科からの友人同士だ。
三つの音が重なり合って空気が震える。演奏の余韻を残して三人はそれぞれの楽器から指を離した。
「沙羅、今日の色は?」
「フルートは空の色、チェロは草木の深い緑色、ピアノは入道雲の白色。夏の午後に森の中にいるような音色だったよ」
織江に尋ねられて沙羅は答えた。
沙羅には
幼少期から母親のヴァイオリンに父親のギター、クラシック、ロック、ジャズなどジャンル問わず音に触れていた。音楽を聴くと頭の中に色が溢れて風景が現れるのだ。
午前の自由時間を終えて午後からは講師のレッスンに入る。昼休みを学食で過ごす沙羅の耳に隣席の女子学生の話し声が聞こえた。
「夏休みの彼氏との旅行どこ行くの?」
「バリだよーん。ヌサドゥアビーチでみっ君とまったりするのぉ」
「いいなぁ。リア充めっ。私なんてこの前の合コン外ればっかりでさぁ。もうすぐ夏休みなのにいい男と出会えない……」
「その前に前期試験クリアしないとねー。課題曲のレベルやばくない?」
恋に浮かれた彼女達の話は今月行われる前期試験の話題に移行する。
日本音楽大学の前期試験は7月21日から24日の4日間。実技試験と座学の筆記試験、両方で合格ラインを超えなければ夏休みはやって来ない。
「私も彼氏欲しいぃ! 皆どこで彼氏見つけてるんだろ」
「ねぇ。イケメンってどこに行けば会えるのかなぁ……」
迫り来る前期試験に憂鬱になりかけた沙羅だったが、友人の
あちらもこちらも恋の話。夏は恋がしたくなる季節のようだ。
「二人は理想高過ぎなんだよ。少女漫画のヒーローみたいなイケメンなんかそうそういないから」
亜未の言葉に沙羅はジュースを通す喉をゴクリと鳴らした。
“少女漫画のヒーローみたいなイケメン”が家に帰れば四人もいて、しかも二人とはキスをしている……とは口が裂けても言えない。
長い付き合いの織江にさえ、同居の話はできない。彼らがUN-SWAYEDであることを公にしていない現状では絶対に秘密にしなければいけない。
彼氏が欲しいと嘆く瑠衣は開いた雑誌の記事を指差した。瑠衣が読んでいるのは女性ファッション誌シェリの最新号で〈シェリ読者の恋愛平均値〉と題された特集ページ。
「初恋の平均年齢6歳だって」
「6歳かぁ。幼稚園の頃って優しかったり足が速いだけで好きになってたよね」
「そうそう。小学校の時もクラスで一番足の速い男の子が人気だった。今考えるとそれほどカッコよくなかったなぁ」
「私も初恋は幼稚園パターン。でも初恋の人と中学まで一緒だったけど、成長する奴を見て全然イケてないから後悔した。私の清らかな初恋を返せーっ!」
瑠衣、亜未、織江、雪子、皆が初恋の思い出を語るのを沙羅は聞き役に徹していた。話に加わらない沙羅に雪子が話題を振る。
「沙羅は初恋どんな男の子だった?」
「えっと……うーん……。多分小さい頃だったと思うんだけどよく覚えてないんだよね」
苦笑いして場を切り抜けた沙羅は幼少期の記憶を探った。
幼稚園の記憶は断片的には思い出せる。母のヴァイオリン演奏会に父と一緒に出掛けたことも覚えている。
でも何故だろう。何かを忘れている気がする。記憶の海の底にキラリと光る淡い思い出。
ピアノを連弾したカイくんの他にもうひとり、男の子がいた。
彼の名前は……ゆうくん。
(カイくんが海斗なら……ゆうくんは……)
淡い思い出のBGMは優しさと穏やかさに溢れるヴァイオリンのメロディ。
悲哀なのに優しい
切ないのに美しい
澄んでいるのに奥深い
泣いているのに微笑んでいる
掴み所のない、限りなく透明に近い色。
彼が奏でる音は澄んだ水色……。
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