Autumn-06
6月2日(Tue)午前9時
玄関で靴を履く沙羅と星夜を見送りに出たのは悠真だ。
『星夜、沙羅を頼むよ』
『OK! 沙羅と朝からドライブできて嬉しいなぁ』
星夜の手には四人が共有する車の鍵。夜空の封筒で届いた隠し撮り写真のすべてに沙羅が写っていたことから、狙われているのは沙羅だ。
犯人が仕掛けてくるとすれば沙羅がひとりになる通学時間帯。当面は行きはスケジュールに余裕のある者が沙羅を大学まで送る。初日の当番は星夜だった。
『やっぱり帰りも迎えに行こうか?』
「大丈夫だよ。渋谷も池袋も人は多いし、注意して帰るから平気平気。悠真達も無理しないでね」
悠真の本音は行きよりも帰りが心配だった。しかし沙羅の帰宅時間までに彼らの仕事が終わる日はほぼない。
それに帰宅を制限するのは沙羅のプライベートな時間を奪ってしまう。沙羅にも彼女だけの時間を大切にして欲しい悠真は無理強いはできなかった。
笑顔で家を出る沙羅を見送り、リビングに戻った悠真は集まった海斗と晴と例の件の話し合いを進める。
『店に連絡して確認がとれた。確かに
沙羅の証言によると盗撮された写真は服装や持ち物から見て5月頃。夕食にピザのデリバリーを頼んだのがキャンプから戻った5月5日。
5月5日を境にして律は沙羅と四人を付け狙い始めた。
『辞めてるなら本人取っ捕まえて目的吐かせたくても、どこにいるかわかんねぇな』
『個人情報だから住所や連絡先は教えてもらえなかった。今の俺達にできるのは沙羅を守ることだ』
四人の想いは一致している。犯人が律だとして何故、面識のある晴や悠真ではなく過去の出来事と無関係な沙羅を狙うのか……。
一刻も早く律を捜して話し合いたいが多忙を極める彼らが仕事の合間に人捜しをするのは難しい。
昔のツテを使うにも学生時代の仲間もこの年になれば誰もが社会人。学生の時とは違うのだ。無関係な人間を騒動には巻き込めない。
20分後にはマネージャーの迎えが来る。沙羅を大学に送った星夜はそのまま車で港区の事務所に向かう段取りだった。
二階に上がった海斗に続いて晴も重たい腰を上げた。
『俺も支度してくる』
『晴。平気か?』
『……なぁ悠真。もしもの時は俺にすべて任せてくれないか?』
晴は沙羅の前では彼女が気にしないように普段と変わらない様子で接していた。
冗談を言って星夜とバカな漫才もする。沙羅もそれに付き合って笑っていた。
今の晴は笑わない。これは本気の顔だ。
『もちろんお前との約束は守るよ。この手で人は殴らない、喧嘩しない』
5年前、所属事務所と契約した時に晴が悠真と交わしたひとつの約束。
――“音楽を届けるこの手で人を傷付けないこと”――
あの約束を晴は守り続けている。音楽の道で生きる覚悟を決めた二人の約束だ。
しばし沈黙で互いを見据える晴と悠真。もしもの時の意味は律との対峙の時。
由芽を失って自暴自棄になった律は今も由芽の幻を追いかけているのだろうか。光を失くした者は今も暗闇の底無し沼でもがいているのだろうか。
先に沈黙を破ったのは悠真だ。
『あの約束に追加だ。自分と誰かを守るために拳は使え。それが黒龍の流儀だろ?』
晴は少し驚いた顔を見せた後、ニッと口元を上げた。
『まさか悠真が黒龍の流儀を語る日が来るとはね』
『俺も黒龍とはそれなりに付き合いあったからな』
『そういや、黒龍時代のアキさんがお前と似てるって龍牙さんが言ってたことがあったよ』
アキは黒龍初代リーダー、氷室龍牙の相棒で黒龍初代No.2の男。本名は
黒龍卒業後に刑事になったアキは2年前に殉職している。
悠真はリビングのマガジンラックに視線を移す。沙羅のファッション誌やレシピ本と並んでラックに立て掛けられた音楽雑誌の名前はリエット。
4月発売のリエット5月号には葉山行成が書いたUN-SWAYEDのコラムが載っている。そのコラムの他に行成と担当ライターの対談記事も掲載されていた。
『リエットで葉山さんと対談したライターがアキさんの妹だろ。香道って珍しい苗字だからな。ライターの名前見てすぐに気付いた』
『ああ、なぎさちゃんな。アキさんの妹が俺達の記事を書いてくれた。巡り合わせって面白いよ』
晴も二階に行き、既に身支度が整っている悠真は海斗と晴を待つ間に今後の動きを思案する。
律が仕掛けてきた場合の動きは想像がつく。
晴が暴走族に所属していた過去は脅しのネタになる。黒龍が実際はどんなグループでも晴が友達を止めるために入ったとしても、暴走族というレッテルだけで世間の見方は手のひら返しに変わるだろう。
ネタが週刊誌に売られたらバンドは一巻の終わりだ。何事も先手が勝つ。
(念のため社長に報告して業界に手を回してもらうか……)
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