Autumn-05
『沙羅。今からびっくりすること言うぞ』
「なぁに?」
『俺な、元暴走族なんだ』
「ぼう……そう……ぞく……って、バイク乗り回してぶいぶい言わせてる……」
まったく予想外の告白に沙羅の思考は停止する。彼女の隣で晴は吹き出して笑っていた。
『ぶいぶいって……沙羅は発想が面白いなぁ。あながち間違いでもねぇけど。俺が族に入ったのは中3の秋。
「暴走族のリーダーが弁護士さん……凄い人生……」
『龍牙さんはすげぇ人だよ。喧嘩もめちゃ強い。黒龍のメンバーにとって龍牙さんは父親のような人だ。人を守るための喧嘩の流儀を教えてもらえた。相棒や仲間ができて黒龍時代も楽しかったよ。黒龍は警察にも比較的心証が良いグループだった。心証が良いっつても不良の集まりに変わりはないけどな』
よくはわからないが暴走族にも良い暴走族と悪い暴走族があるのだと沙羅は解釈した。
『俺が族入ったのは律を止めるためなんだ。暴走族に入ったのは律が先だった。中学の先輩に悪さばかりする奴がいて、そいつに誘われて律は族に入った。律が入ったのはブラックオニキスって言う黒龍の敵対グループ。メンバーには少年院行きの連中もいる警察にも目をつけられてるヤバいグループだ』
晴が入った黒龍が良いグループなら律が入ったブラックオニキスは悪いグループ。晴の淡い恋と青春の物語から敵対する二つのグループの話に変わるのと同時に星空も秋から冬に移り変わった。
『律は族入ったことは由芽には内緒にしてた。でも由芽は勘がいいから律が悪い連中と付き合ってるって知ってたよ。俺は何かあった時に律を止められるようにブラックオニキスと敵対してる黒龍に入った。悠真には呆れられたけどなー。そんで高1の冬に黒龍がブラックオニキスを潰したんだ』
「潰した……って……。知らない世界の話しすぎて何が何だか……」
見上げた天井の星座で一番最初に見つけたのは冬の闇に輝くオリオン座。
『ははっ。ついていけないよなー。由芽も沙羅と同じような反応してたよ。その頃には律と会っても俺達は殴り合いの喧嘩しかしてなかった。由芽と律も上手くいかなくなって二人は別れたんだ。由芽の親が律を毛嫌いしていたのもあるんだろうな。ブラックオニキスが解散しても律は
冬の星空は宇宙の宝石箱。オリオン座のベテルギウス、こいぬ座のプロキオン、おおいぬ座のシリウスの冬の大三角が二人の頭上に輝く。
『高校入ってから悠真と一緒に本格的に音楽の道に進みたいって思い始めたんだ。ブラックオニキスを潰した高1の冬に黒龍を抜けた。悠真と海斗と星夜と
「晴と由芽さんの関係は続いてたんだね」
晴の手元で闇に浮かぶ夜空の封筒。封筒に描かれている星座はオリオン座だ。そこから点と点を辿ると冬の大三角ができる。
この封筒は冬の星空の模様だった。
『俺と由芽は“友達”だったからな。俺も彼女ができたりしたけど、由芽のことは友達として好きで居続けようと思ってた。俺のドラムを聴いてくれるだけで満足だった。 由芽は相変わらず星が好きな奴で、大学では宇宙の勉強がしたいって言ってたな。俺も大学は行くつもりしてたから、高3になったら由芽と悠真と三人で受験勉強もした。……由芽が死んだのは俺のせいなんだ』
ライトが回転して冬の空が春に変わる。季節が一周したのだ。
立ち上がった晴が電気をつけると天井に散らばっていた星空が姿を消した。
『由芽が事故で死んだあの日、俺と悠真と由芽は三人で図書館で受験勉強してた。帰り道に俺達と別れた後、由芽は律と敵対しているグループの連中に追われたんだ。奴らは由芽が律の元カノって知ってて由芽を狙った。由芽は追いかけてくる奴らから逃げて赤信号なのに飛び出して……車に跳ねられた』
由芽の死を語る晴は棚の引き出しを開けて探し物をしている。わざと沙羅に背を向けているように思えた。
『あの日、俺か悠真が由芽を家まで送っていたら由芽は死ななかった。奴らが由芽に絡んで来たって俺が側にいたら倒せていたんだ』
由芽が死んだのは晴や悠真のせいじゃない、と言うのは簡単だ。けれど晴はそんな言葉を求めていない。
沙羅は何も言えずに振り向かない大きな背中を見つめていた。
『由芽が死んだのが受験直前だったから案の定、結果はボロボロ。悠真も由芽が死んでかなりメンタルやられてたけど、それでも志望校に受かったアイツはすげぇよ。俺は悠真のことめちゃくちゃ尊敬してるんだ。尊敬してるし信頼してる』
ようやく振り返った晴が手にしていたのはフォトアルバムだった。彼は清涼飲料水のロゴステッカーが貼られた表紙をめくり、ある写真を指差した。
『この子が由芽。こっちが律でこれが俺、俺の隣にいるのが悠真。中2の社会科見学で東京タワーに登った時だな』
あどけない表情で写真に写る四人組。晴も悠真も今の面影を残しつつも顔立ちは幼い。
晴の隣にはロングヘアーの髪をポニーテールにした女の子がいた。彼女が由芽だ。
由芽と少し距離を空けた隣にキャップのツバを後ろに向けて被った少年がいた。
笑顔の由芽と晴、澄まし顔の悠真、ふて腐れた顔の律。写真に写る時も皆の性格が出ている。
「由芽さん、可愛い人だね」
『男女共に友達が多いタイプの由芽は男子にも人気あったよ。律は由芽が他の男にとられる前に告白するって焦ってたな』
由芽は沙羅が知っている誰かに似ている。
子どもと大人が入り交じる中学生の顔立ちだけでは判断がつかない。でも似ている顔立ちの女の子を知っていた。
それを口に出すべきか迷う沙羅の横で晴は思い出のアルバムをめくる。
『俺は大学行かずに知り合いの楽器屋やライブスタッフのバイトしながらひたすらドラム叩いてた。海斗と星夜が高校卒業したタイミングで四人で今の芸能事務所に入って、デビューまで研修生としてレッスンの日々。由芽が褒めてくれたドラムで悠真達と音楽の道を極める……それが由芽への供養だと思ったんだ』
アルバムのページが後半に行くにつれて律の姿は見なくなり、晴の隣に悠真が並んでいる写真が多くなった。それは晴と律の関係の変化を物語っている。
「由芽さんが亡くなった後、律さんはどうしたの?」
『律も自分のせいで由芽が死んだと思ってる。律は由芽がすげー好きだったんだよ。付き合いはなくなったけど律が荒れてるって噂は耳に入ってた。俺が最後に律の噂を聞いたのもずいぶん前だけど……。あの男が本当に律なら今はピザ屋で働いてるんだな』
中学の卒業式の写真になった。卒業証書を手にして教室で笑うのは晴と由芽と悠真。そこに律の姿はない。
ちょっとした感情のすれ違いで昨日まで隣にいた友達が遠くなる。思春期だと尚更、そんなことは日常茶飯事だ。
一通り話を聞き終えた沙羅が部屋を出ていった。
晴はアルバムの最後のページをめくる。由芽はインスタントカメラを持ち歩いていて、学校行事以外のほとんどの写真は由芽のカメラで撮られたものだ。
律と由芽と三人で初めてプラネタリウムに行った14歳の冬。
大人になったら星が綺麗に見える場所までドライブして本物の星空を見ようと三人で約束したのに、約束は叶えられないまま由芽だけが空の星になった。
やりきれない想いを抱えて晴は携帯電話の通話をある番号に繋げる。
『龍牙さん。夜分にすいません。……いえ、この前の件とは別件で相談があって……』
これは償いという名の自己満足。誰かのためと言いながら人は結局自分のためにしか生きられない。
――“私は良い子じゃないんだ。良い子を演じているだけなんだよ。二人に勉強を教えてるのも先生に頼まれたから。テストで良い点取るのも親がそうしなさいって言うから。全部、大人に良い子だって思われたい私の自己満足の正義なんだよ”――
優等生の良い子を演じていた由芽も抑圧された世界で生きる被害者だった。だけど由芽の自己満足の正義に晴と律が救われたのは事実だ。
大人が信じられなかった思春期のあの頃、信じられる確かなモノを由芽が与えてくれた。
星空が好きな由芽は腐った世界で晴と律が見つけた、たったひとつの太陽だった。
(※ 晴、悠真、隼人の高校時代と晴が所属していた黒龍に関しての物語は【白昼夢スピンオフ】に掲載しています)
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