Autumn-04

 二階の廊下に立つ沙羅は晴の部屋の扉をノックした。


「……晴? ……入るよー?」


 無言の扉を開けると部屋の中は真っ暗だった。暗い部屋の天井には星空が浮かび上がっている。


「綺麗……」

『だろ。部屋でプラネタリウムが作れるヒミツの道具』


暗がりに見えた晴の側にはドーム型のライトが灯っている。あのライトから星空が作られていた。


『こっち来いよ。足元、気をつけろよ』

「……うん」


 沙羅が部屋を訪ねても晴は咎めない。入室を許可された沙羅は足元に注意しながらベッドにいる晴に歩み寄った。

晴はベッドに寝そべり、沙羅はベッドの下で膝を抱えて座る。ドーム型のライトはゆっくりと回転していた。


『律とは中1の時に同じクラスになったんだ。気が合って、二人でバカばっかりやってた』


晴が天井の星空を眺めて呟いた。


『中2の時も律とは同じクラスだった。その頃の俺達は大人の言いなりになるのが嫌で、学校も大人もクソだって思ってた。よくある思春期の大人への反抗期みたいなもん。律と非常階段で授業サボって教師に叱られて、帰りはゲーセンで遊んで、初めて煙草吸ったのも中2だったな』


 大人への反抗期には沙羅も覚えがある。沙羅の場合は祖父への反発だった。

誰にでもそんな時期があるのだろう。


『悠真と由芽も中2で同じクラスだったんだ。悠真は中坊の頃から今と同じであーんな感じ。成績学年トップで学級委員で陸上部の期待の星、教師からも信頼されてるエリートの悠真のことはウゼェ奴としか思わなかった』

「今は一緒に住んでるくらい仲良しなのにね」

『不思議だよな。由芽も悠真と同じでしっかり者の優等生。クラスの副委員長だった。教師達は悠真と由芽に問題児の俺と律の世話係を任せたんだよ。自分達じゃ手に負えないから学級委員の二人に丸投げしたんだ』


悠真と由芽と晴と律。これで四人の関係が繋がった。


『悠真は学級委員として形だけの仕事で俺達の世話をしてたけど、由芽は違った。悩みがあるなら言って欲しい、俺達がグレるには理由があるんだよね? って、学校や大人に反発する俺達の内面を理解しようとしてくれた。もちろん最初は由芽のことも鬱陶しくて相手にしなかったんだけどな』


 天井の星空が春の星座を映していた。沙羅が見つけたのは春の大三角のおとめ座のスピカ。


『由芽は勉強に遅れてる俺達のために英語の単語帳やノート作ってくれたり、テスト勉強に付き合ってくれたり、一生懸命だった。そのうち学校の外でも由芽と俺達は遊ぶようになった。俺が悠真とつるむようになったのも同じくらいの時期かな。律は悠真が苦手だったから近寄らなかったけど、俺は悠真のエリート過ぎないところが気に入ってさ。悠真もたまに部活や塾サボってギターやったりしてたんだ』


思いがけず悠真がその頃からギターに触れていたことが知れた。晴の昔話に悠真は欠かせない存在のようだ。


「悠真もサボったりするんだ……」

『でも悠真は部活や塾サボってもその分自主的にやる奴だから成績学年トップの陸上部のエースなんだけどな。俺も悠真の家でドラム触らせてもらったりして、ギター練習する悠真と音楽やってるのが楽しかった。律とバカやるのも楽しいし、由芽が開いてくれる勉強会で由芽に会えるのも嬉しかった。中2から中3にかけてはザ、青春ってやつを過ごしてたよ』


 天井が夏の星空に変わる。夏の空には天の川が流れていた。


『律が由芽のことが好きって俺に打ち明けたのは中2の終わりだった。律の気持ちはなんとなく気付いてたんだけどな。律と由芽とは3年でクラスが離れて……アイツとの距離感が微妙に遠くなったのはそれからだ。律は何かと俺と張り合うようになった』

「それって晴も由芽さんを……?」

『……由芽はさ、星が大好きだったんだ。いっつも星や宇宙の本を読んでたしプラネタリウムにも何度も付き合わされた。由芽が好きな星座は白鳥座だったかな。たまに俺達に手紙書いてくれたんだ。由芽の手紙はこれと同じような、星座の封筒だった』


 夏の大三角を形成する白鳥座の下で晴は例の夜空の封筒を掲げた。夏の大三角のベガとアルタイルとデネブ、ベガとアルタイルはそのまま彼らの淡い三角関係に見えた。


『律と由芽が付き合ったのは中3の夏だった。律に告白されたけどどうしようって由芽に相談されたんだ。俺は、律はいい奴だから付き合えばって言った』

「晴は由芽さんが好きだったんだよね? 好きなのになんでそんなこと……」

『由芽はお人好しで一生懸命で、最初は由芽が眩しかった。俺も律もキラキラしてる由芽に惹かれていたよ。友達と好きな女が被るのも今思えば青春だけど当時はきつかったな』


夏の大三角の間に流れる天の川。織姫のベガと彦星のアルタイル、晴は二つの星を見守る白鳥座のデネブを選んだ。


『由芽とは友達のままでいたかったんだ。恋人になったら今のままの気楽な関係が壊れる気がして怖かった。律に比べて俺は臆病だったんだよ。だから律に由芽を持っていかれた。あの時、俺に相談した由芽が本当は何て言って欲しかったのか……聞きたくても、もう聞けねぇな……』


 日だまりの人が恋をしたのは星空が好きな女の子だった。


 夏が過ぎて秋の星空になった。秋の星座は見つけ方がわからない。

まず晴にアンドロメダの位置を教えてもらい、そこからペガスス座を見つけた。秋の大四辺形だ。


『高校受験、俺は悠真と由芽の勉強会のおかげで悠真と同じ高校に受かった。杉澤すぎさわ学院高校って知ってる?』

「知ってるよ。晴と悠真は杉澤学院なの? あのめちゃくちゃ頭の良い学校」

『そうだよ。杉澤に行ったから隼人にも会えた。俺が杉澤受かったことは奇跡だって今でも隼人や悠真にネタにされるよ。由芽は俺達とは違う高校に行って、律とも高校は違った。由芽と律とは高校はバラバラになっちまったんだ』


律と由芽とは高校が離れても新しく隼人に出会えた高校時代。ベッドを降りた晴が沙羅の隣に腰を降ろした。

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