Autumn-03

 星夜が作ってくれたシナモンパウダー入りのホットミルクを飲むと気分が落ち着いてきた。自分が盗撮された写真をまじまじと見つめた沙羅はあることに気付く。


「私がひとりで写ってる写真も皆と同居してからの写真なんだよね。髪を染めたのが3月の終わりなの。1年の時はずっと黒髪でもう少し長かったんだ」


写真に写る沙羅の髪色は黒ではなく暗めのモカグレージュで長さはセミロング。着ている服も4月以降の物。


『ストーカー野郎は4月になってから沙羅の盗撮始めたってこと?』

「ううん。4月じゃない。全部5月の写真だよ。ほら、この写真には悠真と晴に誕生日プレゼントで貰った腕時計とバッグが写ってる。海斗と星夜と夜にコンビニに行ったのはゴールデンウィークが明けてすぐだったよ」


写真はすべて5月のゴールデンウィーク以降に隠し撮りされたものだ。


『たった3週間でよくここまで撮るねぇ。ふーん。俺様の写真写りはまぁまぁじゃん?』

『お前なぁ、呑気に写真写り気にしてんじゃねぇ。沙羅が変態野郎に盗撮されたんだぞ』

『俺だって腹の中はふつふつぐつぐつ煮えたぎってますよー? これで沙羅のスカートの中を盗撮した日には犯人の命はないね』

『笑顔で言うな。星夜がキレると洒落になんねぇよ』


 海斗と星夜が盗撮犯の正体に推理談義を重ねる最中、沙羅は沈黙を続ける晴が気がかりだった。


「晴、大丈夫? 顔色悪いよ」

『……ああ。ごめん、平気。こんなの撮られた沙羅が一番怖いよな。俺達がついてるから大丈夫だよ』


そう言う晴が一番大丈夫ではなさそうだ。交通事故でこの世を去った同級生の由芽と晴には何か因縁があるのかもしれない。


 ややあって悠真が戻ってきた。彼は自室から運んできたノートパソコンをリビングで開いた。


『コンシェルジュに頼んで土曜からの防犯カメラ映像のデータを俺のパソコンに送ってもらった』


 悠真はまず一昨日、5月30日土曜日の防犯カメラ映像を表示した。メールボックスが映る位置にあるカメラの映像だ。

郵便配達や住人が続々とメールボックスの前に現れては消え、13時11分に沙羅が現れた。

沙羅がメールボックスを確認した土曜13時の時点ではまだ夜空の封筒は届いていない。しかし封筒の差出人が直接この家のメールボックスに投函したのなら必ずカメラに姿が映っているはずだ。


映像を早送りしつつ土曜の夜、深夜、日曜の朝と過ぎた。ここまででマンションの住人以外、目立って怪しい人物は映っていない。


『チラシ入れる人間がたまにいるけど、入れてるのはあの封筒じゃないんだよな』

『郵便や新聞配達の人間と住人以外がロビーを出入りしていたらコンシェルジュに怪しまれる。不審な動きをする人間はコンシェルジュの記憶に残っているはずなんだが、今日の担当者は不審人物に記憶はないと言っていた』

『うちは十九階でひと部屋しかないから集合ポストの位置は一番端っこ。さーっと来てシュッと入れてさーっと去って行ったんじゃない?』


 海斗、悠真、星夜がそれぞれ意見を述べても晴は無言で映像を目で追っていた。

映像が日曜の午後に切り替わった。日曜は郵便が休みでメールボックスを確認する住人の姿もまばらだ。


『……なぁこのピザ屋の男、変じゃない? 郵便受けの辺りうろうろしてる。ピザの宅配なら商品持ってるのが普通だろ。チラシ配りでもなさそうだ』


 海斗が赤いキャップを被った男を指差した。男が現れた時間は5月31日日曜日の19時24分、男が被るキャップには渋谷に店舗がある宅配ピザ屋のロゴが入っている。


「この人、手に青っぽい封筒持ってるよ!」

『これはドンピシャで犯人現るか?』


五人の視線が男の手元に集中する。赤いキャップの男は手に持つ青色の封筒を十九階専用のメールボックスの差し込み口に入れた。


『入れた! 犯人はピザ屋だ!』


 星夜が叫び、海斗と沙羅は溜息をつき、悠真と晴は画面から目を離さない。悠真は映像を一時停止した。


『このピザ屋、先月頼んだ店だよな。キャンプから帰った日の晩飯に』


悠真の指摘に全員が頷いた。ゴールデンウィークのキャンプは楽しかったが、帰宅した夜は遊び疲れもあって自炊を放棄してピザをデリバリーしたのだ。


『あの時ピザ受け取ったの沙羅だっけ?』

「うん。玄関出て受け取ったのが私と星夜だよね。お会計は星夜がしてくれて」

『そうそう。ピザ屋がそれで沙羅に一目惚れしちゃったとか?』

『……ちょっと待て。このピザ屋の男の顔、拡大できる?』


 それまでだんまりを決め込んでいた晴は食い入るように一時停止の映像を見つめている。悠真が男の顔を拡大表示した。


『画質は悪いがこれでいいか?』

『サンキュ。……コイツ、キャップ被ってるけどりつに似てる』


また沙羅の知らない名前が出た。首を傾げる沙羅に悠真が説明する。


『律も俺と晴の中学の同級生なんだ』

「じゃあ由芽さんとも?」

『そうだよ。……晴っ!』


 夜空の封筒を持って晴がリビングを飛び出していく。悠真が声をかけても晴は立ち止まらずに階段を上がる足音が聞こえた。


『……沙羅。晴の部屋に行っておいで』

「でも……」

『このピザ屋の男が律なら、沙羅を盗撮した犯人は律だ。沙羅だって関係者なんだよ。晴と律と由芽の話を沙羅が知る権利はある」

「晴が話してくれるかな……」

『沙羅になら話すよ。お願いだ。晴の話を聞いてやって欲しい』


 悠真に促された沙羅は意を決して二階の晴の部屋に向かった。

まだ同居を始めたばかりの頃も悠真とこんなやりとりをしたのを思い出す。あの日は食卓を囲んで隼人と美月の話題が出ていた。

終始無口な晴の様子を気にした沙羅を口実をつけて彼の部屋に行かせてくれたのも悠真だった。

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