Autumn-02

 19時を少し過ぎて悠真と星夜が帰宅した。


『ただいまーっ!』

「お帰りなさい。星夜、大学から郵便来てたよ。テーブルに置いてある」

『サンキュー。……沙羅、こっちの封筒は?』


母校の封筒を手にした星夜はもうひとつ置かれた夜空の封筒を指差した。パスタの準備を始めた沙羅はキッチンからリビングの方を見る。


「うちの郵便受けに入ってたの。宛名も差出人の名前もなくて、誰宛なのかわからないから困っちゃって」

『差出人不明の手紙って……最近の流行り?』


夜空の封筒を手にした星夜は悠真と顔を見合わせた。夜空の封筒は悠真の手に渡る。


「流行りって?」

『うちの事務所、今ちょっと大変なんだよ。本庄玲夏宛にヤッバイ手紙が来ててね。脅迫状みたいなヤツ』(※)


 本庄玲夏はUN-SWAYEDの所属事務所の先輩女優。20代女優では人気、実力共にナンバーワンの売れっ子だ。

(※ 早河シリーズ第四幕【紫陽花】の事件)


「脅迫状? 大丈夫なの?」

『社長が手を打つって言ってたから大丈夫だと思うよ。それより今はこれだ。この封筒どこかで見たような……』


 悠真は手にした夜空の封筒を見下ろして顔をしかめた。切手も消印もないのなら直接マンションのメールボックスに入れられたのだろう。


「差出人に心当たりある?」

『似た物を昔見た気がするんだ。星座の柄の封筒なんて珍しいからね。これだけじゃ誰宛かわからないから海斗と晴の帰宅まで開くのは止めておこう』


 夜空の封筒の件はひとまず保留にして、和風冷製パスタとカルパッチョが並んだ食卓を囲んで三人での夕食の時間。

星夜はよく喋るが、悠真は相づち程度で言葉は少ない。例の手紙を気にしているのか、彼はテーブルに放置された夜空の封筒に何度も視線を送っていた。


 リビングの大型テレビから月曜21時放送の恋愛ドラマが流れる。夕食後、星夜と沙羅はドラマを視聴、悠真は読書をしていた。

三人とも保留にした手紙の存在を気にしつつ海斗と晴の帰宅を待つ。1時間放送のドラマが中盤に差し掛かったタイミングで二人が帰宅した。


『お前らどうしたん? 雰囲気クラーイ』

『なんかあったのか?』


 帰って来た晴と海斗はリビングを包む異様な空気に戸惑っていた。読みかけの文庫本を閉じた悠真はテーブルの上の夜空の封筒を顎で差した。


『そこにある封筒、差出人が不明なんだ。宛名も切手も消印もない』

『沙羅が帰って来た時に郵便受けに入ってたんだって。誰宛かわからないから海斗と晴が帰るまで開けるの待ってたんだ』


悠真と星夜の説明に晴と海斗も状況を理解した。リビングのソファーに五人が集まり、全員の視線が夜空の封筒に注がれる。


 悠真が話の口火を切った。


『切手と消印がないからこれはうちの郵便受けに直接入れられた物だ。宛先は俺達五人の誰か。ただ、俺達がこのマンションに住んでいるのを知るのはそれぞれの親と事務所関係者のみ。あとは隼人と美月ちゃんだけど、あの二人が俺達の情報を外部に漏らすとは思えない』

『じゃあ俺達宛てじゃなくて沙羅宛? 沙羅の友達ならこの家知ってるだろ?』


海斗が沙羅を見た。沙羅は首を傾げて唸った。


「大学の友達でこの家に遊びに来たことがある子は三人かな。でも学校で毎日会ってるから手紙を送るのはちょっと変かも。高校時代の友達でもメールがあるのに手紙って言うのは……」


 宛先が沙羅の線も薄い。益々わからず場が混沌とする中、晴がテーブルの封筒に手を伸ばした。


『この封筒……由芽ゆめが使っていたヤツと似てる』

「……由芽?」

『そうか、由芽だ。やっと思い出した』


晴と悠真だけで進められる会話に沙羅はついていけない。


『由芽って……あの?』

『でも由芽ちゃんは……』


海斗と星夜は何か知っているようだが、それ以降は何も口にしない。沙羅だけが話に取り残されていた。


「あの……ユメ……? って、皆の知ってる人?」

『由芽は俺と晴の中学の同級生の女の子だよ。由芽は星空が好きな子でね、星座のレターセットでよく手紙を書いていたんだ』


 沙羅の疑問には悠真が答えた。ようやく話を理解できた沙羅はこの不思議な手紙の送り主の正体がわかった。


「そっか。じゃあユメさんがこれを届けたんだね! 晴と悠真宛かな?」


沙羅の発言に四人は無言だった。由芽の名前が出た途端に空気が重く感じたのは気のせい?

彼女のフォローをしたのは星夜だ。


『沙羅、由芽ちゃんは亡くなってるんだ』

「……え?」

『晴、沙羅に話してもいい?』

『……ああ。星夜から話してやって』


 夜空の封筒を見つめる晴の声は沈んでいる。悠真も塞ぎ込んでいた。由芽の話題で平常心を保っていられるのは星夜と海斗だけのようだ。


『俺が高1だから晴と悠真が高3の冬に由芽ちゃんは交通事故に遭って亡くなった。だから由芽ちゃんが手紙の差出人なわけがないんだよ』

「そうなの……。ごめんね。何も知らないのに……」

『知らなかったんだから当たり前だよ。沙羅は悪くない。気にしないで』


沙羅の頭を撫でる悠真も無理して笑っているように見える。


『これ俺に開けさせてくれない?』


 震える晴の声に皆が伏せていた顔を上げた。首肯した悠真がペン立てにあるハサミを晴に渡す。

晴はハサミで慎重に封筒の側面を切り落として開封された封筒の中身を引き出した。


『……なんだよこれ』


 封筒に収まっていた中身を見た全員が息を呑んだ。中に入っていた物は手紙ではなく沙羅を写した写真だった

大学の行き帰りの写真、海斗と星夜と夜のコンビニの前にいる写真、悠真と渋谷駅前の書店から出てくる時の写真、初台のスーパーの駐車場で晴と撮られた写真もある。


『これ隠し撮りだよな』

『沙羅のストーカー? やばくない?』

『沙羅、犯人に心当たりある?』


青ざめる沙羅は悠真に問われても首を横に振った。盗撮をされる心当たりも、ましてやストーカーをされる心当たりもない。


「撮られた写真って全部家の近くだよね……」

『おまけに沙羅の大学まで知られてる。沙羅の行動範囲が把握されているんだ』

『こんな気味の悪いことしやがる奴は一体誰なんだ』


 沙羅を気遣う四人は犯人に怒りを向ける。テーブルに広げた写真をしばらく見ていた悠真は沙羅に尋ねた。


『昨日は郵便受けを確認した?』

「昨日は日曜で郵便はお休みだから見なかったよ。でも土曜のお昼に確認した時は封筒は入ってなかった」

『封筒が入れられたのは土曜の午後から今日の沙羅の帰宅時間までの間か……。コンシェルジュにロビーの防犯カメラ映像を見せてもらってくる。郵便配達や住人以外でうちの郵便受けに近付いた人間が映ってるかもしれない。皆は沙羅を頼む』


 悠真がいなくなったリビングに残された四人の表情は冴えない。晴は茫然と夜空の封筒を眺め、海斗は不機嫌に口元を曲げる。星夜はキッチンで沙羅のためのホットミルクを沸かしていた。


悠真と晴の同級生の由芽が使っていたレターセットに似た夜空の封筒で届いた沙羅と四人の盗撮写真。

誰がなんの目的でこんなことを?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る