5. 最後の朝

 さわさわと。音がする。もうじき芽生えるはずの無数の感情のことを、わたしはぼうっと、ただ覚えている。その星々。夜空を見上げる景色は、まだわたしが地上にいるから。ぽつぽつと灯りがともっている。あなたがいる。あなたたちがいる。それがひどく恐ろしい。祝福を得て徐々に光を増していく様子が、喜ばしいのか疎ましいのかわからない。ただ影が落ちるうちは眠っていてもいい。白に飛ばされていく地面の線を見るのが怖い。こんなはずじゃなかった。

 慈しんであげられないことを途轍もなく悪いことのように思う。だってあの子はやさしかった。あの子はいとしかった。あなたが看取ってくれていたからかもしれない。さいごのきれいなわたし。みていて。ほしく。ない。もう。傷つかないで、わたしのせいで。

 どんなに不遇でもよかったの。きっと生まれたときからそうだった。――けれど嗚呼、ごめんなさい。白詰草。愛する娘たち。少しだけ、奇異に、しあわせを願ったことで失われたものたちはなぜわたしを怨まず、ほんとうに心からは恨まずにいてくれたの。

 それが時折、ひどく寂しい。



 夢から醒めてはじめに視界にとらえた景色が懐かしいものに感じて、あれらはすべて夢で、わたしはまだアオスジアゲハだったのじゃないかと思ったりした。ここに楠はないからやっぱりモンシロチョウなのだと思い出して、けれどもう、蝶ですらない。

 つぎつぎに浮かぶいやな幻想を全部眠りの中に仕舞い込んでしまいたかった。

 あなたの眠る気配がしている。今日はユウのベッドで眠りたいと、そうぼんやり考えている。

 

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