永久の木

 足元のカーペットとストーブの熱。煮込んでいる料理の蒸気。ヒトの家の中は不思議な暖かさがあって、春にも似ている。

 箱から取り出した沢山の飾りのうち、一番初めに切菜せつなが広げた白色のふさふさした紐をすぐに預かって、そのままどうすればいいかわからずにいる。紐……リボン、だろうか。そのあたりの呼び方の違いを僕はあまり理解できていないので、先程ナナが教えてくれた「モール」という名前がこの飾りのどこまでを示すものなのかも掴めない。


「これはっ?」

「雪だるま。雪を丸めてつくる人形なの」

「こっちは? 花みたいだわ」

「雪の結晶ね。氷の粒がくっついて大きくなると、花みたいになることがあるの」

「こんなふうに? ……あっ、これは、シカ!」

「ふふ、それはトナカイ。日本にはいないかも」


 ひとつひとつ目新しいものを見つけてはそれが何なのかを訊く彼女に、ナナが答えていた。案外自然にまつわるものが多いけれど、それらを知らないのはぼくらが冬にはねむる生き物だからだろう。

 “おとまりかい”をしようと言ったのは切菜だった。僕たちは普段、ひとのかたちをとって日のあるころにナナたちの家を訪れる。だから今日はとくべつに、一緒に晩御飯を食べて、星を見て、沢山のお布団を敷いてここで寝るのだと言って楽しみにしていた。もうずいぶん早くやってくる夜より先に集って、ユウがビーフシチューを作る傍らクリスマスツリーという樹木飾りを用意することになって、いま。それがこの月の終わり頃にある祝祭のためのものだということは、ナナが教えてくれた。夏羅からは元から知っていた様子だったけれど、昔出先で見たことがあるだけだそうで「これを家の中に置くの? 馬鹿じゃない?」なんて少し呆れてみせていた。

 まるがいっぱいね、と箱に残る球形の飾りを見下ろして切菜が言うのに、まるだよね、と夏羅が呟く。


「あっ、おほしさま!」

「それ、天辺につけるんでしょ。僕知ってる」

「じゃあつけて。私じゃ届かないわ」

「ユウー、手伝って」


 夏羅に言ってるのに!と怒ってみせるその様子を、ナナが微笑ましそうに笑った。それだけでなんだか心が和んでしまって、僕も自然と頬が緩む。

 ユウは野菜を切っていたところだったけど、はいはい、と手を拭いて駆けてくる。「あ、果楽さんモール貸して」僕からモールを、切菜から星かざりを受け取って、ユウは少し背伸びをしながらツリーの天辺に挿した。星かざりに端を巻き込むようにして一緒につけられたモールを再びこちらに伸ばして、木に巻きつけるよう頼まれたので、受け取って、恐々と、言われた通りにしてみる。そうして近くで見てみると、この模造された木はなんだか身近に感じる気がした。「……これは、松、ですか?」


「松ではないはずだけど……なんだろ。クリスマスツリーって樅木かな」

「唐檜は?」

「ああ、ヨーロッパトウヒのツリーとか売ってる! そうかも。どれも針葉樹だから似てるよね」


 僕のこぼした疑問を拾って相談し合う二人は一瞬、同じように口元に緩く握った手を当てていて似ている。姉弟なのだなと思ってまた微笑ましい。切菜が、傍から顔を覗かせて「果楽からは松に誼があるの?」と聞くので僕は首肯した。「はい。今世いまの故郷です」

 今度は夏羅が松林は明るすぎないかと言うので、春蝉のからだにはあのくらいがちょうどいいのだと思う、と答える。まだ幼体なので本当のところはわからないけれど、ひとがたでいるときもこれまでに比べて陽射しが好きになったので、きっとそうなのだろう。

 なら夏羅はどの林が好きなのか聞くナナに、彼は「内緒」とだけ答えていた。たぶん、少し薄暗いほうが好きなのだろうけど、蜩がどの木を好むかまでは僕も知らない。


 モールをすっかり巻き終わると、それだけでツリーの印象はずいぶん変わった。もしかしたらこの白色も雪をイメージしているものなのかもしれない、と気づくと、暖かい部屋の中でも冬なのだということを思い出す。……不思議な、心地だ。夏を懐かしむでも春を切望するでもない、ヒトの冬。彼らはときどき、生命的な理由とはかけ離れた由来で季節を楽しんで、いつくしんでいるように思える。多くが眠り、死を迎える冬でさえ――その静寂さえ、溶かしてしまえるほどに。

 やがて沢山のオーナメントで飾りつけされた永遠の木は、いつでも壊れてしまえそうに華やかにそこにあった。僕らは五人、食卓を囲んで、笑みを交わしながら温かい食事にありつくことができる。それとなんだか似ていて、愛おしかった。

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