6. 果ての綻ぶ花
永遠、というものについて考える。それが生の続きのことなら今の僕らは一歩、近いところにいるかもしれない。
風が吹いている。今日も空は晴れ渡って、下階からちりちりと風鈴の音がする。ソファに座る僕の傍で肘掛に凭れるようにして体を倒すナナは、きっと熱で体力を奪われているのだけれど、それすら心地よさそうに目を閉じていた。薄い生地のシャツがうっすらと体の線を透かすのをみつけて、にんげんのからだ、と脳裏につぶやく。人の寿命は僕らよりずっと永いけど、この肉にも果てはある。彼女はそれを、よく知っているような気がしていた。
風に乗せて笑い声が聞こえる。切菜のものだろう。先程ユウがいたのは見たから、彼と、彼女と、夏羅ももしかしたら来ているかもしれない。(………夏羅…)ここ最近の彼とのやりとりを思い起こしては、答えの出ない苦悩。どうして彼は僕のことを嫌っているのだろう。どう接すれば———彼にとって居心地良くなるのだろう、だなんて。きっと今の僕が一人で考えたってわからない。
「果楽…」
ナナがそっと、つぶやく。蕾が花開くように。いずれ枯れるのを知って、いのちを尽くすように。「どう、しました?」あの頃よりずっと大人になったと思う。あの頃はもっと、惑うように咲いていた、彼女。
「ずっとこのままならいいって、思ってしまう…」
「……、」
「あなたたちと、ずっとこの夏の中で生きていけたらって……」
魘されるような言葉だった。甘い、幻想に絡め取られて身動きがとれなくなることを苦しんでいるような呼吸を、けれど現を見据える音色で支えている。悠久に溶け込もうとする心を引き戻そうとするようでもあった。それはいずれ訪れる別れの日を、ひとつひとつ確かめていることだと、思う。「……僕もそう思います」寿命でいうなら二年、もしかしたらもっと短くなるかもしれない。この生が終われば僕はもう二度とこの世に生まれてはこない。どんな日々だってかけがえがないのだと、知っていてもまだ欲が出るのを貴方は笑うだろうか。けれど果てを見ているからこそ、だからこそ、穏やかな言葉を交わす日を誰とだって諦めたいとは思えない。
「永遠にしましょう。この夏のすべて、焼き付けるように」
「この家に、」
「この景色に。」
ナナの首がこちらを向いて、どちらともなく笑みが溢れた。それはまた一つ、夏の陽射しの中で生まれ落ちた僕らの記憶。
一階へ行こうと身体を起こしたナナに倣って立ち上がる。遺したいものが同じだということはこんなに嬉しい。あなたの愛しいものが、いつの間にか増えていたことも。
この愛の奇跡を永遠と呼ぶならば、きっと夏は、果てなく続いていくだろう。
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