2-1

 夏羅を、知っていますかと問われて私はとても驚いた。彼の口からその名前をきくなんて思ってもみなくて、同じ質問で言葉を返してしまう。


「彼を知っているの?」

「一人で来たわけではないんです。彼と一緒に、あなたを探していました」


 ふたりは人づてに知り合って、今日まで行動を共にしていたのだという。互いのことはあまり話せなかったけれど、夏羅が自分のことを知っているらしいことは少し聞いている、とか、そういった話になにかどきどきするのは果楽が夏羅を知らないからだろうか。それとも、夏羅が果楽を知ってしまったから。―――同じ人物を探している、よく似た人。顔を合わせたときは水面をのぞきこんだようだったと微笑む横顔はいうけれど、あの日僕じゃ駄目なのかと縋った彼はやっぱり私の中では違うものでもう結びつくことはない。だけど、だから、もう一度会えることに安堵している。

 日の長い日から一月、夏至をこえてまた日付が回る頃、夏羅は誰かと落ち合う約束があるのだと果楽は語った。無事に出会えたらこちらにも来ると言っていた、と。

 今日はこれからまた出掛けなければならなかったのに、鞄を整理する私の手は止まってしまっていた。窓からのぞく空は真っ青で、そこにひらひらと舞う蝶の姿を描いてみるとその景色はどこか遠いものに思える。空を奪われた翅たちと、奪った私たち。私と彼は、似ていたんだろうか。


「果楽。…夏羅は、どんなひと?」

 青い目がとまどって光る。「ええと…。まだ会って間もないので、」

「……そう、」


 どんな方なんですか、と温かい声がいうのに影はすこしも見えないから、きっと果楽には私とは違う彼が見えているんだろう。私は、私には、いまはまだ本当の夏羅がよく見えない。彼は“果楽”でなければならなかった、果楽ではないひとで―――ふたりともそのことに気付くのがとても遅かった。

 語らう前に失ってしまったあなたのことを考える。私が取りこぼしたものをもう一度拾うことができるなら、いいのだけれど。

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