追録

1-1

 毎日、なにかを思い出そうとしている。弟が皿を洗う水道の音、絵画のようなブルーが広がる窓の四角、遠い昔にみた夢の内容を取り戻そうとするようでもどかしい。夢といえば、今だってそう。いつも夏は夢を見ているようで覚束無いから、曜日の感覚も、時間の感覚もどこか遠くにある。私は繰り返す、口の中で、月曜日ジェ・ルーアン火曜日ジェ・モィルチ、月曜日、火曜日と、どこかで聞いた民話をなぞって。今日は何曜日で明日は何曜日なのか、眠って目が覚めるまでにきちんとしておかないと鞄に何を入れたらいいかわからなくなってしまう。大学はずっとひとりでいていいかわりに、上手に誰かを頼りにするか、上手に予定を整頓しないといけない。「ジェ・ルーアン、ジェ・モィルチ、……」毎日、自分で選んだなにかを学んで紙の上に黒鉛を連ねていくこの生活は退屈なようで程ほどに満たされている、ような気がしているけれど、いつまでこんな日が続いていくだろう。……気づかないうちに抱いていた予感の日のためにずっと生きてきたんじゃないかと思っている。たとえば、青い蝶との出会い。赤い蜂との出会い。そして、これからの………。もしかしたら、もっと昔の。(だけどそれも、次で終わってしまう)私はそれを知っているような気分でいて、何故なのか、繰り返してきた夏の中にその理由を探している。


「……それからアグス水曜日ジェ・ケーディーン?」


 ふいに勇が手を止めてそう接いだ。私は彼をみて、この詩を知っているの、と問いかける。彼は笑って、姉ちゃんの好きなものは大抵知ってる、と言うと、また水仕事に戻っていった。

 この口がいつ唄を止めてしまっていたのか全然わからないけれど、唄の切れ間をそのお伽噺の通りに繋げてくれたのだなとわかるとなんだか温かい気持ちになるのに、それは不思議と現実味を帯びている。私にとってそのことは、すこし恐ろしい。目覚めては夜に埋もれる夢のよう。またひとつ、大切な記憶が埋まって遠くに行くようで。

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