第16話『焼肉をたべにいこう』

「ハルトくん……これ、わたしの桁の見間違えじゃないよね」


「ああ、間違いねぇ。預金残高は1038万だ。やったな、シキ!」



 俺としちゃぁ、すでに知っていた、

 1000万円が口座に振り込まれていたということより、

 シキの口座の残金が50万円切っていることに驚いたがな。


 これじゃ、借金の返済に金を回してたら、

 最低限の生活すら厳しかっただろうよ。

 マジで自転車操業なんてもんじゃねぇぜ……。


 シキはそんな苦しくて厳しい生活の中で、

 俺を拾ってくれ、毎日メシを食わせたり、

 ジマムラで1万円分の服を買ってくれた、

 シキは本当に優しい奴だ。



「はぁ……1000万円……なんか実感わかないなぁ……」


「ははっ、喜べよ。この金はシキがいままで汗水たらして頑張ってきた褒美だ。まっ、金利100%の銀行に5年間定期預金していたと考えればいいんじゃねぇか?」


「定期貯金かー。毎月、生活ギリギリでそんな余裕なかったからなぁ……」


「金も多少入ったことだし……シキ、仕事、減らせばいいじゃねぇか?」


「そういうわけにはいかない。このご時世、中卒のわたしが働かせてもらえるだけありがたいの。それに、帰りが遅いのはわたしの仕事が遅いからだし。てへへっ……」


「…………」



 シキは舌をだして笑っているが、

 ムリをしているのは分かっている。


 帰りが遅いのはシキの仕事が遅いからじゃない。


 職場の連中が本来シキの仕事じゃないモノまで、

 押し付けているから帰れないっつーわけだ。


 せめて職場環境だけでも風通し良くしてやれれば、

 少しはシキも楽になるんだろうけど。



(まっ、……俺が稼げば問題は解決するんだが……いまのシキが俺に求めているのは、そういうことじゃねぇ、つーのが辛いとこだな)



「……そんじゃ、大金も入ったことだしシキさんにゴチになろうかな?」


「えへへ……もぉーっ。ハルトくん、本物のヒモっぽくなってるよぉー」


「だってさぁ、俺って実際、本物のヒモじゃん?」


「ふふっ。よく考えたら、そうね。それじゃぁ、ちょっとだけ贅沢しちゃう?」


「ゴチになりますっ! シキ様のご相伴しょうばんにおあずかりしたくっ!」


「よろしい。それでは特別に、わたしのヒモくんに奢ってしんぜよぉ~」


「ははー。ありがたや、ありがたや。かしこみかしこみ申すー」


「ふふっ、よろしい。ところでハルトくんはなに食べたいのかな?」


「そうだな、焼肉とかどうだ? なーんか肉食いてー気分なんだよ」



 精をつけるなら焼肉が良いだろ。

 酒も飲めるし、スイーツも食える。

 それにシキは自分に厳しすぎるからな。


 俺がこうでも言わないと、

 焼肉に行こうとすら思わない。


 せっかくお金が手に入っても、

 そのお金で楽しまないんじゃもったいないもんな。


 通帳眺めていても腹は膨れねぇ。



「焼肉……。5年ぶりだな、わたしもちょっと行きたい、かも」


「今日は思いっきり酒のんで肉食って、楽しもうぜ!」


「ハルトくんが言うなら……うん。そうだねっ!」


「俺の調べによると、この近くだと炎楽えんらくっつーところがよさそうだ」


「たしか安樂亭あんらくていのチェーン店だったっけ?」


「そうそう。チェーン店だからハズレはねーぞ。俺がネットサーフィンして得た知識によると、いろいろな種類の肉が食えるらしいんだよ。いこーぜ」


「はいはい。ハルトくんも随分とヒモが板についてきましたね」


「なはは……って、耳が痛ぇよっ!」


「……っいっそ、ハルトくんわたしの専業主夫になっちゃえばいいのに」


「んっ、いまなんつった?」



 まっ、いまのは無意識に口から出た言葉のようだから、

 耳が遠いふりをして軽く聞き流してやろう。

 俺としては将来的には、シキを養ってやりてぇと思っているがな。



「なんでもないよっ! それじゃ、いこっ!」


「おう!」



 俺とシキは1万円を握りしめ焼肉を食いに行くのだった。

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