039 決着
「…………」
私はこのゲームのプロデューサー。それなのに、ここまで何もしていない。
いえ、何も出来ませんでした。
味方をしてくれたプレイヤーが強力な麻痺状態に陥っても、仲間である特別補佐官が脚を失っても。そして、部下である新人刑事が斬られようとしている今も。過去の罪が枷となり、どうしても動くことが出来ないでいた。
「これでお前はこの世界から永久退場だ」
「さようなら、無能刑事のアミさん」
管理者権限を乗っ取ったプレイヤーのマツヤと、その仲間のアルルが剣を高く振り上げる。
このままでは、アミさんはこの仮想世界から消えてしまう。
そう思った時、陽菜は自然と祈っていた。
胸の前で手をぎゅっと強く握り、怒りも悲しみも悔しさも
「この世界に神がいるとするなら、それは私。でも、今だけは神に祈ります。どうか、力を貸して……」
「アミ!!」
それと同時、特別補佐官のコトリンが叫び声を上げた。
新人刑事のアミは諦めたように目を瞑っている。
きっとどうにもならない。そんなことは分かりきっている。
それでも陽菜は、奇跡を信じて、願った。
すると。
「っ…………!」
空から一筋の光が降り注ぎ、陽菜を照らした。
更に目の前に謎のメッセージが浮かび上がる。
《その願イ、わらわが確かに受け取ッタ》
《そこで、お前に力ヲ授けよう》
《過去ノしがらみを解キ放ち、自らの能力を大切ナ仲間のためニ使え》
「外部からのメッセージ? 差出人は……」
書かれているのは一見不可解な文字列。
だが、陽菜は差出人の正体にすぐに気が付いた。
「まさか魔獣のコピーAIに助けられるとは……。それにしても、能力を大切な仲間のために使う、ですか」
その言葉に、陽菜の目に力が宿る。
表情からは迷いが消え、まるで罪を犯す前のかつての自分が甦ったようだ。
《さあ、行ケ。仲間ハわらわに任せろ》
「はい、ありがとうございます」
追加のメッセージに頷き、一目散に駆け出す。
そして、マツヤとアミの間に勢いよく割り込んだ。
「させないっ!」
突然の邪魔に、マツヤとアルルが驚いたように後退する。
「危ない危ない。無害な傍観者と思っていたが、そんな元気があったのか」
「でも、あなたはもう元プロデューサーなの。今はマツヤくんがこのゲームのマスター。今更あなたが何をやっても無駄よ」
諦めなさいと言うアルルに対し、陽菜は鋭い視線を向け口を開く。
「それはどうかな? 今の私は、すごく怒ってるの。お父さんとお兄ちゃんから受け継いだ大事なゲームを、こんな風にメチャクチャにされて」
陽菜の口調は仕事モードが完全に抜けて別人のようになっている。
そのあまりの変貌ぶりに、背後にいたアミは呆気にとられていた。
「あ、あの……、陽菜さん?」
「すみませんアミさん。私、もう大丈夫ですから」
痛みに苦しみながらも首を傾げるアミに、陽菜は振り返って軽く微笑んでみせる。アミは何が何だか理解が追いついていない様子だが、今は説明している余裕は無い。
陽菜はマツヤとアルルの方へ向き直り、息を整えた。
そして、精神を集中させ、魔法を唱える。
しかしその魔法はこのゲームに存在するものではなく。
「魔法目録二条、魔法光線」
四年前にAR版マジックモンスタープラネットで多くのプレイヤーを傷つけ、兄の復讐のために人を殺そうとした自身の能力だった。
「何をするかと思えば、とうとう現実と仮想の区別もつかなくなったのか? この世界にそんなボイスコマンドは」
「うるさい! 私はこの力で、必死に戦ってくれた仲間と、このゲームを楽しんでくれているプレイヤーのみんなを守るんだから……!」
嘲笑するマツヤの言葉を遮り、陽菜は叫んだ。
右手を前に伸ばして手首をくいっと動かすと、青白い光線が放たれる。
「そんな、馬鹿な……! 有り得ない!」
プログラムされた通りにしかならないはずの仮想世界で、システムから大きく外れた現象が起こった。その事実を、マツヤは受け入れることが出来なかった。
光線を正面から食らったマツヤが衝撃で吹き飛ばされ、広場の石畳に背中を打ち付ける。
「ぐはっ!」
ダメージはかなり大きく、HPゲージがガクッと減少して残り二割を切った。
「マツヤくん!」
「お兄ちゃん!」
「マツヤ!」
「マツヤ……」
それを見たアルル、ミーティア、リリー、アンノウンの四人が一斉にマツヤの元へ駆け寄る。
マツヤは顔を歪めながらも起き上がり、背中をさすりつつ呟く。
「痛ててっ。……ったく、一体何が起こったんだ?」
するとそこへ、アミとコトリンが近づいてきた。
「何故だ。お前たち、どうして……!」
その二人の状態に、マツヤはますます混乱し体が硬直してしまう。
アミの残り僅かだったHPはフル回復し、コトリンの左脚も元通りになっていたのだ。
「なぜと訊かれても、私たちにもよく分からないのよ」
「強いて言うなら、神様のおかげかな」
コトリンとアミの要領を得ない答えに、マツヤは苛立たしげに声を荒らげる。
「訳が分からない! ここは全てプログラムによって支配された仮想世界だ! 奇跡も偶然も起きるはずが無い!」
「でも奇跡は起きた。陽菜さんが起こした」
「ええ。つまりこの世界は、あなたではなくヒナプロデューサーを選んだということ」
言葉を紡ぎながらゆっくりと迫るアミとコトリンに、マツヤの顔色がどんどんと青ざめていく。
「く、来るな……! 俺は、俺が、この世界の唯一の神なんだ……!」
表情は引きつり、恐怖に怯えている。
先ほどまでの強気なゲームマスターの姿はもうどこにもなかった。
アミとコトリンはお互いの顔を見て一度頷き、胸を密着させるように向かい合う。手を握って二人同時に親指と人差し指を立てると、空中にレーザーガンが出現した。
二人でそれを手に取りマツヤの方に向けると、一緒に引き金に指をかける。
『アカウント認証、アミ刑事、コトリン特別補佐官。許諾アカウントです。アカウント管理システム、《アンパイアー》起動しました』
『当該アカウントの、ログの検索を開始します』
『重大な規約違反が確認されました。ジャッジメント、アカウントディリーション。直ちに措置を実行してください』
レーザーガンの冷たい自動音声が広場に響き渡り、銃口が開かれる。
「あなたは陽菜さんから管理者権限を奪い、ゲーム運営に多大な混乱を生じさせました」
「よって、二度とログイン不可能となるアカウント削除処分とするわ」
アミとコトリンはマツヤを睨みつけて告げると、引き金を引いた。
「くそっ……!」
発砲されたレーザーがマツヤのアバターを射抜く。
刹那、マツヤはキラキラとしたパーティクルとなって消滅。この世界から強制退場させられた。
「このままマツヤのパーティーメンバーも片付けちゃいましょう」
「うん、そうだね」
コトリンとアミは続けてアルルやミーティアなどマツヤの取り巻き四人にも措置を実行しようとしたが、それより早く事態が動いた。
《アルル:通信接続が切断されたためログアウトしました》
《ミーティア:通信接続が切断されたためログアウトしました》
《リリー:通信接続が切断されたためログアウトしました》
《アンノウン:通信接続が切断されたためログアウトしました》
突然、四人の通信が一斉に切断されたのだ。
「あれ? 急にどうしたんだろう?」
あまりの唐突な出来事に困惑するアミに、コトリンがもしかしてと口を開く。
「現実世界の方で誰かにデバイスの電源を切られたのかもしれないわね。警察が動いているって話もあったし、きっと居場所が特定されて捕まったんじゃないかしら」
「そっか。そしたらこれで一件落着、だね」
時刻は丁度イベント終了予定だった夕方六時。
アミが疲れ切った様子でため息を吐くと、コトリンは「お疲れ様」と優しく囁いてぽんぽんと頭を撫でた。
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