038 漆黒と純白の剣技

 マツヤとアミの一騎打ちが始まってから数分。

 二人の剣戟は意外にも互角の展開になっていた。


「上位剣技、テンペストブレイク!」

「お願い、持ち堪えて……!」


 マツヤの重い一撃に対して、堅実に受け止め対処するアミ。

 実力差は圧倒的なので防戦一方ではあるが、アミはほとんどダメージを負っていない。

 それに比べ、ソードスキルを叩き込み続けるマツヤの方が体力的にも精神的にも消耗しているように感じられる。


「マツヤくん大丈夫? あんまり無理しないでね」


 アルルが心配した様子で声をかけると、続けてミーティアとリリーが発破をかけるように言う。


「お兄ちゃん、手加減してないで早くやっちゃいなよ」

「そうよそうよ。アンタだったらあの女なんてスライム以下でしょ?」


「いや、俺は手加減してるつもりは無いんだけど、どうにもしぶとくてさ……」


 どうやらマツヤは一切手を抜いていないらしい。

 つまり、アミはソードスキルも無しにトッププレイヤーと渡り合えているということだ。


 そのことをよほど疑問に思ったのか、左脚を失い後ろで座り込んでいたコトリンが呟く。


「あなた、ほとんど剣を扱ったことなんて無いでしょうに。どうして……?」

「言ったでしょ? 私は刑事だから。こんなところで負けたりしないよ」


 その言葉を聞いたアミは振り向き、優しく微笑んで答える。

 するとコトリンは小さくため息を吐いてから、こうアドバイスを送った。


「……全く、本当に無茶をするんだから。アミ、余計なことを考えては駄目よ。相手の動きを見て、確実に防ぐ。それを続けていれば、勝機も見えてくるはずよ」

「うん、分かった」


 アミは頷き、剣をしっかりと握り直す。


 一方その間、アルルはマツヤにある提案をしていた。


「ねえマツヤくん。そんなに苦戦してるなら、二人で倒しましょうよ」

「二人で?」

「うん。別に一対一の勝負である必要は無いんだよね?」

「まあ、そうだけど……」

「だったら決まりね。タイミングを合わせて剣技を繰り出せば、きっとどっちかは当たるわよ」


 短いブレイクを挟み、再びアミとマツヤが対峙する。

 だが、先ほどまでとは一つ様子が異なっていた。


「まさか、アルルも参加するの……?」

「よろしくね、アミさん」


 驚くアミに、アルルは可愛らしくはにかんで見せる。


「そんなの卑怯よ! アミ、ここは引いた方が良いわ。あの二人を相手にするのはあまりに無謀すぎる」


 コトリンは怒りを剥き出しにしながら、さすがに分が悪すぎるとアミに撤退を勧める。

 しかし、アミは聞き入れることなく剣を構えた。


「無謀でも何でも、私はやるよ。じゃないと、このゲームは完全に乗っ取られちゃうから」

「アミ……」


 固い決意が滲んだ言葉に、コトリンはもう何も言えない。


「それじゃ、第二ラウンドと行こうか」


 マツヤの合図とともに、デュエルが再開される。


「上位剣技、ダークホライズン!」

「上位剣技、イノセントハレーション!」


 マツヤ、アルルが息ぴったりのタイミングでソードスキルを発動。

 その瞬間、漆黒の瘴気と純白の瑞光が二人の剣を包み、美しいコントラストに周囲の群衆が大きく沸く。


 この空気に呑まれてはいけない。

 アミは心を落ち着かせ、相手の動きを冷静に見極める。


「やぁっ!」

「はぁっ!」


 高く跳び上がり上段から斬りかかってくるマツヤと、姿勢を低くし地を這うように下段から斬りかかってくるアルル。


 この二つの攻撃を躱すには……。

 コンマ数秒にも満たない瞬間思考でシミュレートし、それを即座に実行に移す。


 直後、二本の剣がアミの身体すれすれを掠めた。


「これを躱すとは、なかなか反射神経が良いんだな」

「でも、次こそは決めるよ」


 マツヤとアルルは間髪入れず、次の技を繰り出してくる。


 先ほどと似たような攻撃。

 この集中力を保っていれば回避は十分可能だろう。


 アミは剣の軌道を予測すべく、二人の視線がどこを見ているのか確かめる。


「…………」


 マツヤの攻撃は見切った。次はアルル。


 動きを見極めようとするアミと、剣を振るおうとするアルルの目が合う。

 するとその時、アミの胸にズキンと痛みが走った。


「っ……」


 ほんの僅かの間、心が暗い感情に支配される。

 モヤモヤとした、どこか嫌な感覚。


 ……しまった、今は余計なことを考えている場合じゃない。


 アミは慌てて原因不明のネガティブな感情を振り払い、意識を目の前の二人に戻す。

 だが、その僅かの時間が戦闘においては命取りだった。


「うあぁっ!」


 アミが地面を蹴るより早く、マツヤとアルルの剣がアミの身体を貫いたのだ。

 HPゲージがみるみると減少し、残り一割を切ったところで何とか踏みとどまる。


「う、くっ……!」


 しかし、傷口が燃えるように熱く、剣で支えないと立つことさえままならない。


「アミ! もういいわ! それ以上戦う必要なんて無い!」


 それを見て、左脚を失い座り込んでいたコトリンが声を張り上げる。


「これでお前はこの世界から永久退場だ」

「さようなら、無能刑事のアミさん」


 苦しむアミに対し、マツヤとアルルがゆっくりと近づきながら剣を振りかぶる。


 私は、ここで終わるのか。


「アミ!!」


 コトリンの悲痛な叫びとともに、アミは覚悟を決めるように目を閉じた。

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