034 四面楚歌

 カール自走臼砲の砲撃を退けたのも束の間、またしてもカミーリアが異変を察知する。


『色んな方向から人がこっちに来てる! 何千人っているんじゃないかな?』

「いよいよ最終決戦って感じ?」


 エリーが呟いて、ダガーを構え直す。


 しかし、この状況にはどこか違和感がある。自分たちを倒したプレイヤーだけが報酬を得られるルールなのに、大勢が協力しているのは不可解だ。

 アミはメニュー画面を開き、改めてイベント情報を確認する。そして、ルールの一部が大きく改正されていることに気が付いた。


「あれ? この文章、最初に見た時と変わってる」

「まさか、私たちはより不利になったってこと?」


 変更されたルール。報酬は倒したプレイヤーが独占するではなく、その時戦闘に参加していた全てのプレイヤーに等しく与えられる。そして、アミ、コトリン、陽菜さんの三人を倒した場合の報酬は倍以上に。


「これではゲームバランスが崩壊してしまいます。どうしてマツヤさんはそこまでして私たちを……」


 陽菜さんはマツヤが自分たちに執着する理由を測りかねている様子。


「どうせこの世界を自分の思うままにしたいだけだと思うわ。狂った廃ゲーマー高校生の暴走よ」


 コトリンはそう結論づけ、まずは迫ってくるプレイヤーに集中すべきだと言う。

 もちろん目の前の危機への対策は練らねばなのだが、陽菜さんが悩む気持ちも分かる。


「もう、こんな人数で来るなんてずるいよ」


 ランが愚痴をこぼしたのと同時、雄叫びを上げるプレイヤーの大群が四方からこちらに押し寄せて来た。カミーリアの言葉通り敵の数は数千、もしかしたら一万近いかもしれない。


『よ〜し、先制攻撃行っくよ〜!』


 カミーリアは叫ぶと、目からビームを発射した。

 そのまま顔を一回転させて、四方のプレイヤーを一網打尽。生身の人間には出来ない、ロボットならではの挙動だ。


 しかし、回避や防御で難を逃れたと思われるプレイヤーが猛然とこちらへ迫ってきている。さすがに全滅はさせられなかったようだ。


 ついにカミーリアとランが会敵。


「まず一人! ここは立ち入り禁止だよっと」

「なんで私がこんなことに……。全部カミーリアのせいだ」


 ポジティブとネガティブ。正反対の感情を抱きながらも、二人は敵プレイヤーを確実に殲滅していく。

 その手腕は見事なものだが、数的不利な状況ではいくら彼女たちが強くても徐々に押されてしまう。


「いやぁ、これは私たちだけじゃキツイかも。刑事さんたち、何か戦う術持ってます?」


 ダガーでプレイヤーを退けつつ問いかけるエリー。

 それに対し、コトリンが指を動かしながら口を開く。


「私はストレージに剣が入っているわ。それと魔法も使える」


 そして、アイテムストレージから剣を実体化させ腰に装備した。

 一方、アミは申し訳ないといった表情を浮かべ呟く。


「そっか、コトリンのは普通のアバターだもんね。私は刑事用のだから何も」


 サイバージェネレートのオフィスにある専用機器からログインした場合はあくまで運営スタッフ扱いだ。プレイヤーに付与されるストレージやスキルは存在しない。その代わり、アバターが破壊不能オブジェクトに設定されているのだが、今はマツヤによって普通のアバター同様となってしまっている。

 アミは戦う術どころか自分を守ることすら出来ない、完全な丸腰状態だった。


「じゃあコトリンさん。リスク高いとは思いますけど、そっち任せちゃっていいですか?」


 ソードスキルを発動させながら一瞬こちらに視線を向けたエリーに、コトリンが大きく頷く。


「ええ、言われなくてもそのつもりよ。アミ、あなたはこの辺にいて。絶対に守り抜いてみせるから」

「うん、ありがと」


 耳元で囁いたアミに、コトリンは柔らかい笑みを見せる。

 だが、その表情はすぐに引き締まったものへと変わり、鞘から剣を引き抜くと襲ってくるプレイヤーへと果敢に向かっていった。


「何も出来ないのって、もどかしいですね」


 アミは近くで立っていた陽菜さんに声をかける。

 しかし、陽菜さんは考え事をしているのか反応が返ってこない。


「陽菜さん? どうかしました?」


 顔を覗き込むと、陽菜さんの独り言が聞こえた。その声は少し震えている。


「……私も、戦わないとですよね。でも、罪なきプレイヤーを倒すなんて、それでは昔犯した罪と変わりません……」


 陽菜さんには、現実世界でのゲームイベントで多数の参加者を負傷させた過去がある。とっくに罪は償い終わっているのだが、彼女はずっと自分を責め続けてしまっている。

 その傷が邪魔をして、陽菜さんは今何も出来ずにいるのだろう。


「陽菜さん……」


 アミは肩に手を伸ばしかけ、それを止める。

 自分がどんな言葉をかけたところで、効果が無い気がしたからだ。

 きっと彼女の葛藤はそんな簡単に解決させられるものではない。


 アミは陽菜さんの側に立ち、危険が及ばないよう見張ることにした。

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