032 史実の兵器

 タイムリミットの午後六時まで残り二時間。いや、アミたちからしてみればリミットではなくゲームクリアの時刻か。


 エリーが強力なソードスキルでパーティーを撃退して以降、一時間近くプレイヤーが攻めて来ていない。


「ビビって逃げた、なんてこと無いわよね?」

「さすがにそりゃ無いと思いますけど……」


 コトリンとエリーがそんな会話を交わす。


 確かに今の状況は異様だ。報酬目当てであれだけの数のプレイヤーが街中探し回っていたのいうのに、ここへきて急に動きが無くなるなんておかしい。

 嵐の前の静けさ。これから何か大きなことが起こるのではないかと不安に駆り立てられる。


「ねえ、移動とかした方がいいんじゃないかな? いくらカミーリアとかエリーがいても、何も無い荒野で大勢に囲まれたら太刀打ち出来ないでしょ?」


 恐怖心を滲ませたアミの言葉に、カミーリアがいつもの調子で応じる。


『大丈夫ですよ、このロボットの必殺技なら一撃のはずですから! それに、ランちゃんもなんか凄い魔法を覚えたって言ってましたし』

「うん。ヒナさん探してる時に偶然この杖を拾って、そしたら使えるようになった」


 ランはカミーリアの声に頷いて、木製のロッドを掲げて見せた。

 随分と古めかしい印象の魔法の杖だが、果たしてその実力は如何ほどなのだろうか。


 とその時、しばらく何か考え込んでいた陽菜さんがふと呟いた。


「ロボットとか杖とか、あんなアイテム誰か作ってましたっけ……?」


 首を傾げ、ランが手にしたロッドに視線を向ける。

 ゲームプロデューサーとして開発の陣頭指揮を執る彼女は、未実装のものも含めた全てのアイテムを把握しているはずだ。その陽菜さんが知らないとなると、あのアイテムは一体……。


 しかし、アミは開発運営チームとは一切関わりがないので思考を巡らせたところで何かが分かる訳もなかった。




『ちょ、ちょっと大変だよ!』


 ロボットに乗るカミーリアがいきなり叫び声を上げた。

 かなり慌てているのか、操縦が乱れて巨大ロボは危険な挙動をしている。


「どうしたのカミーリア、一旦落ち着いて」


 エリーが何があったのかと説明を求めると、少し落ち着きを取り戻したカミーリアはロボットの右腕で一点を指差した。


『見間違いじゃなければ、あっちの線路に戦車がいるんだけど……』

「線路に戦車? それ絶対カミーリアの見間違いだよ。よく見て」


 地上でランが眉を顰めるのを見て、カミーリアはロボットの操縦席モニターを最大までズームする。

 そして、くっきりとその姿を確認してから再度言う。


『やっぱり線路に戦車がいるよ。真っ黒くて、すっごく大きい砲台が乗っかってるの』


 確かに地図上ではその方角に線路がある。だが、そこに戦車がいるとはどういうことか。


「ねえ、いまいち意味分からないんだけど? メッセで写真送ってよ」

『みんな全然信じてくれないから今送った。ホントにホントなんだって』


 理解に苦しむエリーが要求するより早く、痺れを切らしたカミーリアが写真を送ってくれたらしい。

 エリーがメッセージ画面を開いたので、アミとコトリン、陽菜さん、ランも身を寄せ合って写真を覗き込んだ。そこに写っていたのは、カミーリアの説明通り線路に停まった巨大な自走砲。


「カール自走臼砲……」


 アミの呟きに、コトリンが首を傾げる。


「アミ、今何て言った?」

「カール自走臼砲。第二次世界大戦の時にドイツで開発された実在する兵器、それによく似てる」

「つまり、史実の戦車がこのファンタジー世界に現れたというの?」

「分からないけど、そうとしか言い表せない」


 陽菜さんは驚きを隠せない様子で写真を見つめ、ランも「あんなのをまともに受けたら、HPが全損する」と砲撃の威力を想像し身を震わせた。


 そう。あの自走臼砲の砲撃が直撃すれば、コトリンの魔法やエリーのソードスキルはおろか、カミーリアのロボットですら防ぎようがないのだ。しかし、あれはほぼ確実にアミたちを狙うプレイヤーの用意したもの。写真でも砲口はこちらを向いている。


『来るよ!』


 直後、カミーリアが短く叫んだ。

 上空に打ち上げられた弾丸が放物線を描き、そのまま自分たちに向かって落下を始める。自走臼砲からの砲撃だ。


「回避しようにもここには何も無さすぎる……」


 アミたちがいるのは荒野のど真ん中。爆発から身を守れそうな遮蔽物は見当たらない。

 今度こそ本当に詰みだ。目を閉じ、ゲームオーバーを悟ったその時。


「マジックコール、クロックディレイ!」


 ランがロッドを地面に突き立て、力強く詠唱した。


 刹那、アミは奇妙な感覚に襲われた。目を開き、周囲を見回す。そして、その異様な光景に思わず息を呑んだ。


「時間が、止まってる……?」

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