028 諦め

 悪夢の始まりから二時間が経過した。

 未だに希望の光が見えない中、アミとコトリンはゲームプロデューサーである陽菜さんの捜索を続けていた。


「誰にも見つからないようにと思うと、すぐの距離もかなり時間がかかるわね……」


 コトリンの呟きに、アミはこくりと頷く。


「そうだね、早く陽菜さんと合流したいけど……。陽菜さんはどこかに隠れてるのかな?」

「さあ、どうかしらね。安全圏が無くなった以上、隠れる場所もそうは無いと思うけれど」


 管理者権限を持たない者は決して入ることの出来ない運営本部タワー、その二十五階にある警備課オフィスにまでプレイヤーは雪崩れ込んで来たのだ。隠れようにも逃げ場など存在しない。


「おい、居たぞ!」

「よっしゃ、これで報酬ゲットだな!」


 何度目かのプレイヤーとの遭遇。

 ビルの隙間に身を潜めようが、数万人のプレイヤーによる人海戦術の前にはほとんど無意味だった。

 アミとコトリンは勢いよく地面を蹴り、隘路を駆け抜ける。


「ここを抜けたら左。一度地下に逃げるわ」

「分かった」


 前を向いたまま言ったコトリンに、アミはしっかりと返事をする。


「おっと、ここは通行止めだぜ!」


 しかし、大通りに出る寸前、大剣を構えた大柄な男性プレイヤーに道を塞がれてしまった。

 足を止め、後ろを振り返る。


「挟み撃ち成功」

「チェックメイトだ」


 そこには追いかけて来ていた二人の若い男性プレイヤーの姿。完全に退路も塞がれた。

 どうする。どうすればいい。

 絶体絶命の大ピンチに、コトリンが耳元で告げる。


「アミ、手を握って」


 この状況で何を言っているのか。

 アミは一瞬だけ怪訝な表情を浮かべたが、他に手立ても思いつかないのでコトリンの謎の提案に乗っかってみる。


「……コトリン、握るよ?」


 アミはゆっくりとコトリンの手に触れ、ぎゅっと指を絡ませる。

 緊迫した状況による吊り橋効果だろうか、コトリンとの恋人繋ぎに心臓の鼓動が早まる。

 そんなアミの心中も知らず、コトリンが突如カウントダウンを始める。


「三、二、一。せーの」


 一体何のタイミングを合わせろというのか。

 疑問を口にするより先に、腕が強く引っ張り上げられた。


「嘘でしょ!? 跳ぶの?」

「ええ、そうよ」


 落ち着いて真上を見据え、水色のゴミ箱を踏み台にするコトリン。

 なんとコトリンはビルの壁の凹凸を使って屋上へと跳ぶつもりのようだ。しかし、これ以外にこの危機から逃れる方法が無いのは明白。アミも覚悟を決め、コトリンに続く。


「おいおい、マジかよっ!?」

「こいつら何者なんだ?」


 アミとコトリンのあり得ない離れ業に、あんぐりと口を開ける男性プレイヤーたち。前後の逃げ道を封じ、他に抜け穴など存在しない状況を作り上げたのだからその反応も無理はない。

 そんな彼らを下に見ながら、壁を蹴り上げ垂直に進む。


「あと、ひと蹴りっ!」


 このビルの最上階である五階の窓枠を蹴り、アミとコトリンは同時に屋上に着地した。


「死ぬかと思った〜」

「落ちたくらいでダメージは然程受けないわよ」


 気の抜けたやり取りをしつつ路地を見下ろすと、男性プレイヤー三人は慌てた様子でビルの入り口を探し始める。


「どうするコトリン? あの人たち、きっとここまで来るよ」


 焦りを隠せない様子で問いかけるアミに、コトリンは左右を見回してから口を開く。


「じゃあ、隣のビルにでも跳びましょうか」

「また跳ぶの!?」

「五階建ての高さを跳ぶのに比べたら、隣のビルまでの三メートルくらい大したことないでしょう?」

「それは、確かにそうかもだけどさ……」


 ほら早く跳ぶわよと急かすコトリンに、アミは戸惑い顔を引きつらせる。

 そうこうしているうちに、屋上の扉が勢いよく開かれた。


「今度こそチェックメイトだ」

「もう逃がしはしないぜ?」


 息を切らしながらも挑発する二人の若い男性プレイヤー。

 そして、今から跳ぶ予定だった隣のビルにも。


「きっちり対策は取らせてもらったからな」


 大剣を携えた大柄の男性プレイヤーが現れた。


「跳んだところでアウトだったって訳ね……」


 完全に詰みだ。もう逃げられない。限界だ。

 アミとコトリンは背中合わせに立ち、最後の抵抗をすべく親指と人差し指を立てて拳銃の形を作る。しかし。


「私はあの時点から、特別補佐官ですら無かったってことかしら……」

「アンパイアーが使えなきゃ、私丸腰なんだけど……」


 その手にレーザーガンが握られることはなかった。


 諦めの境地に達し、アミとコトリンは穏やかな笑みをこぼす。

 ジリジリと追い詰めてくる男性プレイヤーたち。

 目を閉じ、ゲームオーバーを悟ったその時。


「うわぁっ!」

「何だ何だ!?」

「ろ、ロボットだとぉ!?」


 凄まじい轟音と慌てふためく男性プレイヤーの声に、思わず目を開ける。

 そして、妙な気配を感じて横に視線を向けると。


「な、何これ……!?」


 五階建てのこのビルよりも高さのある巨大なロボット、その黄色く光る双眸とバッチリ目が合った。

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