026 標的

 自発的ログアウト不可能。ゲームマスターを名乗るマツヤの突然の宣告に広場はまだ騒然としている。そんな中、マツヤは落ち着いて言葉を継ぐ。


『ただし、これはデスゲームではない。HPがゼロになった場合は観戦エリアに強制転移され、引き続き仲間や友達の応援をすることが出来る』


「良かった〜。私死んじゃうのかと思ったよ〜」

「デスゲームじゃないってのはいいけど……」


 カミーリアがホッと胸を撫で下ろすのに対して、エリーはまだ暗い顔をしている。確かに、自発的ログアウト不可という前提がある以上は安心できないのは事実。それはアミとコトリンも感じていることだった。


『そして、ここからが最も重要な話だ。自発的ログアウトが可能になる条件。つまり、今回のイベント内容だ』


「イベント? そんなものまで用意したの?」

「この一週間、相当な準備をしてきたみたいね」


 アミとコトリンは顔を見合わせる。

 規模や形式にもよるが、数十人の運営チームであってもフルダイブ型VRMMOゲームのイベントを一週間で作り上げるなんて無理がある。プロの集まりでもない一人の普通の高校生であるマツヤは、一体どんな手を使ったのか。


 周囲のプレイヤーたちは一刻も早くイベント内容を知りたがっている様子だ。全員がマツヤの話の先を待っている。


『今回のイベント、タイトルは《惑星ほしを駆ける逃走者フュージティブ》。タイトルから想像出来る通り、これは鬼ごっこイベントだ』


「鬼ごっこ?」


 いきなり飛び出した意外なワードに小首を傾げるカミーリア。

 多くのプレイヤーも似た反応を見せる。


『今から君たちプレイヤーには、この六人を追跡しキルするミッションを課す』


 空に写真が浮かび上がるとともに、プレイヤーネームが読み上げられる。


『ノブヒロ、ザック、ベクター、アミ、コトリン、ヒナ。この六人が、今回の逃走者、フュージティブだ。ただ、こいつらは極めて強い。キルするのは容易ではない。よって、成果を上げたプレイヤーにはそれに見合った豪華な報酬を与える。特にヒナ。こいつを倒した者には破格の待遇を用意しよう』


「これって……」


 カミーリアとエリーの二人の視線がこちらに向く。

 だが、アミは空を見上げたまま微動だにしない。

 まさか警備課メンバーとプロデューサーをイベントの討伐対象にしてしまうなんて。予想の遥か外、斜め上からの攻撃に、アミの思考は完全にストップしてしまっていた。

 呆然と固まるアミの意識を、コトリンが無理やり引き戻す。


「アミ、しっかりしなさい。私たちがやるべきは一つでしょう?」

「……マツヤを、仮想世界から追放すること」

「そう。そのために、私たちはこの数万のプレイヤーから逃れなければならない」

「そっか……。そうだね。ごめん、コトリン。私、ちょっと怖気付いちゃってたのかな……」


 アミは頬を掻いて謝るが、その表情はまだ硬い。

 そして、コトリンも表には出さないが内心では勝ち目があるのかと不安に感じていた。


『では、早速イベントを開始する。制限時間は五時間。遅くとも夕方六時までにはログアウト出来る。現実を心配する必要はない。そして、現実からの干渉による強制的なログアウトに対する救済もそれなりに用意してある。何も心配することなく、存分に力を発揮し、豪華報酬を獲得してほしい』


 マツヤの声が途切れると、真っ赤に染まった空が青く戻った。

 それと同時に、一部のプレイヤーから歓声が上がる。彼らは自発的ログアウト不可という恐ろしい状況の中、この鬼ごっこイベントに本気で取り組もうとしている。マツヤの説明だけを聞けば、何もしなくても午後六時には解放されるはずなのに。


「どうして、こんな状況であの人たちは楽しめるの……?」


 ぼそりと呟くアミに、エリーが顔を覗き込んで言う。


「どうせログアウト出来ないから、じゃないですか? 六時には解放されるとしても、それまで五時間暇ですよね。だったら遊んでた方がいいって考えも、ちょっと分かる気がしません?」

「確かに、それはそうかも」


 理解不能と思ったが、エリーの論理的な考えに少しだけ納得する。

 だが、まともに参加するプレイヤーが多ければ多いほど自分たちはピンチに陥る。この仮想世界にいる全員が敵になる。それは表現のしようのない圧倒的な恐怖だ。


「刑事さんはこれからどうするんですか? 早く逃げたり隠れたりしないとですよね?」


 問いかけるカミーリア。

 コトリンは険しい表情を浮かべたまま小さく頷く。


「ええ、そうね」

「あれ? なんか冷たくないですか?」


 もともとクールな方ではあるが、それにしても冷酷な態度だ。

 カミーリアと同じ疑問をアミも抱き、コトリンに問いかける。


「どうしたのコトリン? 様子が変だよ?」

「そうかしら。そうかもしれないわね」


 本当に、一体どうしたんだろうか。

 アミとカミーリアが顔を見合わせ首を捻る。

 すると、隣で顎に手を当ててコトリンを観察していたエリーがふと口を開いた。


「もしかして、私たちのこと敵だと思ってます?」


 エリーから投げかけられた質問に、コトリンが首肯する。


「そうよ。あなたたちは私を倒せば報酬を獲得できる。いつ裏切っても不思議じゃないわ」


 そんなまさか。この二人が自分たちを裏切るなんて到底思えない。

 二人と距離を置くコトリンに、アミは強く反論する。


「いやいや、待ってよコトリン! カミーリアもエリーも優しい子だし、そんなことする訳ないって。そんなのコトリンが一番分かってるでしょ?」

「そうですよっ。私たちなんだかんだ良い関係じゃないですか〜!」


 カミーリアもアミに続いて言う。

 しかし、コトリンの態度が軟化することはなかった。


「昨日の友は今日の敵とも言うわ。イベントが終わったらノーサイド、また会いましょう。行くわよ、アミ」


 背を向けて歩き出すコトリンに、いつも明るいカミーリアが少しだけ淋しそうな顔をした。

 アミはそれを見逃さなかったが、コトリンに呼ばれてしまったので手を振って立ち去ることに決める。


「ごめんね、私も行かないと。今度はカミーリアと一緒に遊びたいな」

「うんっ、私も一緒に遊びたい! だから刑事さん、絶対に逃げ切ってね!」


 笑顔で手を振り返すカミーリア。

 それが上辺だけの表情、空元気であることはアミの目からも明白だった。

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