024 救出

 テンクー橋駅に着くと、いつもは閉まっている入り口のシャッターが開いていた。

 駆け足で階段を下り、地下のホームへと向かう。


「アミ! 遅くなってごめんなさい、助けに来たわ!」


 コトリンが叫ぶと、ホームの端の方から声が聞こえてきた。


「コトリン。怖い、助けて……!」

「アミ、そこにいるのね。ちょっと待っていて、すぐに行くから」


 コトリンが声のした場所へと急ぐ。

 するとそこには触手に絡みつかれ粘液まみれになったアミの姿があった。着ていた衣服も乱れ、肩や腰など綺麗な肌があらわになっている。


「アミさん、大丈夫ですか?」


 ヒナプロデューサーが声をかける。


「陽菜さん。すみません、恥ずかしい所をお見せしてしまって……。ああっ!」


 触手が動くたびに、アミはびくりと身体を震わせる。

 こんなアミの姿、見ていられない。

 コトリンは腰から剣を抜き、それを構えた。


「二十連撃剣技、トゥエニーストライク!」


 十秒間で二十回の斬撃を叩き込めるソードスキルを発動させ、床から伸びる触手を一本残らず断ち切る。根元を断ち切られた触手は活動を停止し、アミの身体から離れホームに落ちて転がった。

 全ての触手を斬り終え、コトリンは剣を鞘に戻す。そして、倒れそうになるアミを支え、そのまま抱きついた。


「良かった、無事だったのね……」


 泣きそうになりながらぎゅっと身体を寄せると、アミも目に涙を浮かべながらコトリンの背中に手を回した。


「無事、なのかな……? 私、もうお嫁に行けないかも……」

「そんなことないわよ。ここは仮想世界だもの、現実に影響なんて無いわ」

「そうかな? そうだといいな……。でも、私はずっと、コトリンと一緒にいたいかな」

「ええ、そうね。私もアミとずっと一緒がいいわ」


 至近距離で見つめ合い、おでこをこつんとぶつける。


「えと、お二人の関係がよく分からないのですが、私はお邪魔ですか……?」


 コトリンとアミのやり取りに困惑し、あわあわとし始めるヒナプロデューサー。


「いえ、ごめんなさいね」

「すみません、何でもないです」


 コトリンとアミは少し離れ、顔を背けるヒナプロデューサーに微笑みかける。


「本当ですか? ならいいんですけど……。そうだ、一応アミさんには後で医者に精神状態を診てもらいます」

「はい、分かりました」

「それじゃあ、早く地上に出ましょう。ノブヒロ刑事たちにも報告しないと」


 三人は薄暗いホームを後にし、ハンネダー空港のターミナルビルへと移動した。そこでノブヒロ刑事とザック、ベクターと合流する。


「アミ刑事。人質に取られるとはとんだ失態だな」


 開口一番、ノブヒロ刑事はアミにそんな冷たい言葉を浴びせた。


「面目ありません……」

「特別補佐官落ちするのも時間の問題か」

「それ、どういう意味ですか?」

「そのままだ。君はもう道を踏み外す一歩手前まで来ていると言っている」

「特別補佐官が道を踏み外した人っていう決めつけがまず間違っています!」


 アミが強く反論する。

 しかし、コトリンはその反論に違和感を覚えた。そしてすぐにその違和感の正体に気が付く。

 アミは自分が落ちぶれかけていると言われたことではなく、特別補佐官が落ちぶれた存在と言ったことに反論した。つまり、自分ではなく私をかばった……?


「どうやら手遅れのようだな。まあいい、早くマツヤを捕らえろ。警察にも通報済みだ」

「了解、しました……」

「下田プロデューサー、現状の説明をして頂きたい。一度会議室へ」


 ノブヒロ刑事はヒナプロデューサーを連れ、ターミナルビル内の会議室へと歩いていく。


「ま、ケガが無くて良かったっす。落ち込むことないっすよ、アミちゃん」

「面白くなって来たぜ。マツヤの野郎、今すぐぶっ殺してやんよ。ククッ」


 ザックとベクターもノブヒロ刑事の後を追ってこの場を去る。

 残されたコトリンとアミは、そばにあった椅子に腰を下ろした。


「……ありがとう、かばってくれて」

「えっ?」

「さっき、ノブヒロ刑事に言い返してくれたでしょう? 特別補佐官は落ちぶれた存在じゃないって」

「ああ、うん。だって実際そうでしょ? ログインしてる場所が家かオフィスかの違いだけで、やってることは一緒。別にどっちが上とか下とか無いって思うけど」


 そんなことをさらりと言う。

 やっぱりアミはすごい。


「そうね、そうかもしれないわね……。ありがとう、アミ」

「え? あっ、うん……」


 引きこもりの私でも、アミは優しく受け入れてくれる。

 だから私は、アミのことが大好きで大好きで、愛しているの。


「本当に、ありがとう」


 なぜ感謝されているのかと首を傾げるアミに、コトリンはにっこりと笑いかけた。

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