023 交渉成立

「ちょっと待ちなさいよ。あなたはこのゲームを乗っ取ってどうするつもりなの?」


 ヒナプロデューサーに管理者権限を渡すよう要求してきたマツヤに対し、コトリンが詰め寄る。

 マツヤはその質問を待っていたとばかりにニヤリと笑った。


「マジックモンスタープラネット。このゲームは初代からずっと時代の最先端を行く革新的なものだった。でも、このVR版は違う。もちろんフルダイブ技術そのものは全く新しい。問題は内容の方だ。粗製乱造ソシャゲのようなクエストやイベント、色んなアニメの設定をかき集めたような世界観。マジックモンスタープラネットを名乗るゲームとして無難すぎるとは思わないか? これじゃあ折角のフルダイブ技術も台無しだ。あんたは父や兄には到底及ばない。俺ならもっとこのゲームを面白く出来る」


 だから管理者権限を渡せと?

 どんな理由であれ渡していいとはならないが、こんな理由はとても納得出来るものじゃない。


「ゲームをやっていれば、誰だって一つや二つくらい運営に対する不満とか要望はあるわよ。でも、だからってこのやり方は違うでしょう? そこまで言うなら自分でイチから作ればいいじゃない」


 コトリンが強く言うと、マツヤは呆れたように手を広げて首を横に振った。


「そうじゃない。俺はこのゲームが大好きだ。だからこのゲームを面白くすることに意味があるんだよ。なぁ?」


 誰かに同意を求めるマツヤ。

 すると後ろからマツヤのパーティーメンバー三人がやってきた。


「うん、そうだね」

「お兄ちゃん、本当にこのゲーム好きだもんねっ!」

「全く。マツヤの気持ちが分からないなんて、鈍感な女だこと」


 アルル、ミーティア、リリーはマツヤに獲得したアイテムを渡しながらこちらを一瞥する。


「さてと、これで四対二だ。いや、すでにアンノウンがいるから五対二か。どうするのが正しい判断か、さすがに分かりますよね?」


 半ば脅しとも取れる言葉を投げかけてくるマツヤに、コトリンは唇を噛む。

 このまま管理者権限を奪われていいの? まだ何か策はあるはず。諦めちゃいけない、考えなきゃ。

 しかし、マツヤが持つ脅しのカードはもう一つあることを思い出す。


「早くしないと、あの新人刑事も危ないですよ? 大切な仲間、見捨てるなんてしませんよね?」


 そう。アミが人質にされているのだ。

 だからコトリンもあまり強く出られないでいる。

 でも、仮想世界警備課の特別補佐官として、絶対にこのゲームを乗っ取られるのだけは避けなければならない。


「私は、アミを見捨てたりしない……。ただ、そう簡単に管理者権限を譲るつもりも無いわ!」


 コトリンは剣を抜き、マツヤへと斬りかかる。

 相討ちになってでも、アミとヒナプロデューサーを守るんだ。

 しかし、そんな想いを乗せた剣の切っ先もマツヤに届くことはなかった。


「させない……」


 バンッ!

 背後からアンノウンに撃たれ、コトリンは地面に倒れてしまった。


「くっ」


 痛みに耐えながら立ち上がろうと試みるも、身体に上手く力が入らない。

 直後、マツヤはコトリンが握っていた剣を奪って遠くに滑らせる。


「これで五対一ですね。早く管理者権限を渡してください」


 マツヤは残ったヒナプロデューサーに一歩ずつ近づいていく。


「ダメよ……。そいつの言うことは無視しなさい……」


 コトリンは最後の力を振り絞って、ヒナプロデューサーに伝える。

 しかし、ヒナプロデューサーは首を縦に振らなかった。


 マツヤと相対したところで、ヒナプロデューサーが口を開く。


「言う通りにすれば、アミさんは解放されるんですよね?」


 そんな確認をする。

 まさかとは思ったが、ヒナプロデューサーはマツヤに管理者権限を渡すつもりのようだ。

 止めないと。

 頭では分かっているのに、コトリンはもう腕を上げることすら出来なかった。


「もちろんです。それは保証しますよ」

「管理者権限はあなたのアカウントに譲渡すればいいですか?」

「はい。それで構いません」


 交渉が進んでいく。


「では、管理者権限を渡すのでちょっと待っていてください」


 ヒナプロデューサーはコンソール画面を開き、手早く操作を行う。そして。


「これで権限が移ったはずです」

「みたいですね」


 ヒナプロデューサーの持つ管理者権限はマツヤに奪われてしまった。


「じゃあ、交渉は成立ということで。テンクー橋駅のシャッターを開けますね」


 マツヤは早速、管理者権限を使用して破壊不能オブジェクトであるテンクー橋駅のシャッターを開けた。


「多分これで新人刑事を助けに行けると思いますよ。それでは、またお会いしましょう」


 マツヤは手を振り、パーティーメンバーと共にこの場を後にする。


「コトリンさん、立てますか?」

「ええ、何とかね……」


 ヒナプロデューサーの肩を借り、立ち上がったコトリン。


「アミ、待っていて。今行くから……」


 きっとアミは一人で怖い思いをしているはず。

 一刻も早く助けに行かなくてはと、コトリンは力の入らない身体を無理やり動かし、テンクー橋駅へと急いだ。

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