022 救世主
「このゲームがまだ正式なサービスを開始する前。あれは確か、東京ゲームエキスポの体験イベントだったかしらね」
応募者多数による抽選の末、見事参加者に選ばれたコトリンはVRヘッドセットを被ってこの仮想世界にログインした。
そこに広がっていたのは、まるで夢のような世界だった。現実と変わらない感覚。それでいて魔法やソードスキルなどの異能が使える。こんな世界が遂に実現したんだと、コトリンは感動し心躍らせた。
ふわふわとした気持ちに包まれながらシンジークの街を歩いていると、一人の女性プレイヤーが声を掛けてきた。
「あの、突然で悪いんですけど、一緒に回ってもらえませんか?」
「あなたは?」
「えと、その……、あなたと同じ体験イベントの参加者です」
きっと彼女はオンラインゲームそのものに慣れていないのね。
サイバージェネレート社がフルダイブVR技術を発表した時には、ゲーム愛好者以外からもかなり大きな反響があった。だから体験イベントに初心者が参加していることも然程気にならなかった。
フルダイブVRMMOに関しては全員が初心者だが、私ならゲーマーとして少しは助けになれるかも。
コトリンは微笑み、こくりと頷いた。
「いいわ。一緒に巡りましょう」
「本当ですか? ありがとうございます」
こうしてコトリンは、初心者女性プレイヤーと共に行動を開始した。
「すみません、名乗り遅れました。私は
「それじゃあ、ヒナさんって呼んで良いかしら? 私のことはコトリンって呼んで」
「分かりました。よろしくお願いします、コトリンさん」
歩きながら自己紹介を済ませると、まずはクエストを受注すべくインフォメーションセンターのような施設へと向かった。
「フルダイブゲームはまだ勝手が掴めていないし、初級クエストでいいかしらね。ヒナさんも簡単な方がいいわよね?」
「その辺はコトリンさんにお任せします」
「そしたら、私たち二人でこの《ヨーヨギー森林の
NPCから地図と装備を受け取り、早速ヨーヨギー森林エリアへ移動する。
初心者向けとだけあって、森の中でも動きにくいということはなかった。地面も平坦で戦闘にも苦労はしなさそうだ。
コトリンは腰に差した剣を引き抜き、それを構える。
「ヒナさんも武器を用意した方がいいと思うわ。いつ襲われるか分からないから」
「そうですね、分かりました」
ヒナさんは画面を操作し、アイテムボックスから木の杖を取り出す。
「それは?」
見たことのないタイプの武器に首を傾げるコトリンに、ヒナはすぐに説明を加えた。
「これは攻撃系魔法を強化出来るステッキ、私たちの間では《エンシェントワンド》と呼んでいます」
「へえ、そんな物もあるのね……」
「まだ実装するかは未定ですが、個人的には面白いアイテムだと思っています」
この時、コトリンは少しだけヒナの発言に違和感を覚えた。
初心者の割にゲームについてよく知っている。いや違う、異常にこのゲームに詳しすぎる。
すると突然、目の前に小型のモンスターが出現した。
『グワァァァ!』
「出たわねモンスター」
「これはコンシューマ時代からお馴染みのモンスターなので、コトリンさんなら簡単に倒せるはずです」
「そうね、倒す道筋は見えているわ」
コトリンは剣を後ろに引き、思い切り駆け出した。
剣を握る手に力を込めると、駆動音とともに剣が緑色に発光する。
「これがソードスキルの感覚……!」
身体が軽い。もっと速く、もっと高く、もっと強く。
地面を蹴り高く跳んだコトリンは、自分の本来の実力以上の力でモンスターへと剣を振り下ろす。
しかし、モンスターは切っ先をひらりと躱し、着地しようとするコトリンに牙を向けた。
「まずい、やられるわ……!」
初めてのソードスキルの感覚に気持ちが昂ぶっていて、モンスターの動きを見ていなかった。初歩的なミスだ。
「……マジックコール、ライトニングシュート」
その瞬間、モンスターに光の玉が直撃し、ビリビリと痺れて倒れた。
コトリンは驚いて後ろを振り返る。
「まさか今の、ヒナさんがやったの?」
ヒナは魔法の杖を前に伸ばし、ホッとしたような表情を浮かべていた。
「はい。ちょっとやりすぎましたかね」
照れ笑いをするヒナに、コトリンは向き直って問いかける。
「……ねえヒナさん。一つ訊いてもいいかしら?」
「はい、構いませんが?」
「もしかしてあなたって、開発者側の人間?」
その言葉を聞いた途端、ヒナの顔が強張った。
「やっぱりね、変だと思ったもの。目的は? プレイの感想でも聞きたいのかしら?」
するとヒナは少し考えてから、こう口を開いた。
「正体を隠して近づいて申し訳ありませんでした。私、実はこのゲームのプロデューサーなんです。今回コトリンさんにお願いしたいのは、うちのスタッフとして働いてもらえないかということです」
「それはつまり、サイジェネが私を雇うと?」
「そうですね、契約社員という形にはなりますが。コトリンさんはかなりゲームをやり込んでいますよね? その腕を活かし、仮想世界警備課の特別補佐官になってほしいのです」
警備課? 特別補佐官?
ゲームの運営スタッフにそんな役職あっただろうか? 戸惑っているコトリンに、ヒナは話を続ける。
「簡単に言えば、仮想世界の警察ですね。チート行為や不正行為を取り締まるお仕事です。VRヘッドセットは購入していただく必要がありますが、それは個人的なゲームプレイに使用してもらって構いません。むしろ元を取るまで遊び尽くしてください。オフィスに出社する必要もありませんし、遊んだセーブデータは運営側で完全に保護されます。決して悪い条件では無いと思いますが、いかがでしょうか?」
ただ体験イベントに参加しただけで、こんなことになるなんて。
突然の誘いに、コトリンはどうしていいか分からない。
「そうね、悪い話じゃないとは思うわ……。でも、私はただの引きこもりよ? 社会経験もコミュニケーション能力も何も無いのだけれど」
不安を感じるコトリンに、ヒナは優しく微笑んだ。
「今こうして、普通に話をしているじゃないですか。仕事をするのはこの仮想世界です。何も心配しなくていいと思いますよ?」
何も心配しなくていい。その一言があったから、コトリンはマジックモンスタープラネットの正式サービス開始日より特別補佐官として働いている。
「あの時、ヒナプロデューサーが拾ってくれなかったら、私は今でも引きニートだったと思うわ。まあ、引きこもりなのは変わっていないのだけどね」
「ふふっ、案外普通に就職していたかもしれませんよ?」
「それは多分無いわ。……ヒナプロデューサー。あなたは私にとっての救世主なの。だから、もう自分を悪者だと責めるのはやめて。あなたが良い人なのは、私が保証するから」
「コトリンさん……」
その時、一人の男性プレイヤーがこちらに近づいてきた。マツヤだ。
ヒナプロデューサーは何か言いかけたようだったが、口を閉じてしまった。
「わざわざご足労頂いてすみません、下田陽菜プロデューサー」
不敵な笑みを浮かべるマツヤに、ヒナプロデューサーがゆっくりと身体を向ける。
「マツヤさん、私を呼び出した用件は何でしょうか?」
質問に対し、マツヤが笑顔で答える。
「あなたの管理者権限を、俺に渡してください」
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