021 窮地

 コトリンはアンノウンに監視された状態ではあるが、自由に行動することは可能なようだった。まずはノブヒロ刑事とザック、ベクターにこの非常事態を報告すべくターミナルビルへと向かう。


「ねえ、アミは無事なのよね?」


 走りながら後方からついてくるアンノウンに問いかける。


「一時間以内にゲームプロデューサーをマツヤに会わせれば人質は助かる」

「そう。その約束が破られることは無いのね?」

「それはマツヤ次第」


 アミの生殺与奪の権は完全にマツヤが握っている。ヒナプロデューサーを連れて行けば引き換えに解放してもらえるかもしれないが、今度はヒナプロデューサーが危険に晒される。それどころか、このゲーム自体が危機に陥るかもしれない。

 アミを助ける方法は、何か他に無いの……?


「警備課のメンバーと接触する?」


 突如そんな質問を投げかけられ、コトリンはこくりと頷く。


「ええ。って、それを訊いてどうするつもり?」


 思わず正直に返答してしまった。慌てて振り返り、アンノウンの行動を見る。

 アンノウンはチャット画面を開いて、マツヤにメッセージを送っているようだった。

 妨害されるかと危惧したがその心配は不要なようなので、コトリンは足早にターミナルビル内を進む。


 イベント中はアイテムショップやセーブポイントなどプレイヤーをサポートする様々な施設が開設されるので、ターミナルビル内は人で溢れかえっていた。イベント開始前の無人の光景とは全く違う場所に思える。


 ノブヒロ刑事たちの姿を見かけたので、コトリンは駆け寄って声をかける。


「ノブヒロ。私としたことがミスをしてしまったわ」

「どうしたコトリン? それと、そちらの方は?」


 コトリンの背後にいる女の子を指し、ノブヒロ刑事が首を傾げる。


「えっと、あの……。私、監視されているのよ」

「監視? どういうことだ?」

「簡潔に伝えるわね。マツヤにアミを人質に取られた。そして、交換条件としてヒナプロデューサーと会わせろと要求してきた」


 その言葉に、ザックとベクターが反応する。


「ええっ!? アミちゃん大丈夫なんすか? 早く助けに行かないと!」

「ククッ、面白ぇ。マツヤ、絶対に叩き潰してやんよ」


「ノブヒロ、私はどうすればいい?」

「そうだな。コトリンは監視されている以上、下手に動くべきではない。後はこちらに任せてほしい」

「でも、リミットは一時間を切ってるわ。アミの身に何かあってからでは遅いのよ?」

「承知している。しかし、様々なものを天秤にかけた時、アミ刑事の優先順位は高くないのも確かだ。安定したゲーム運営、それを第一に考えた作戦を行う」

「そんなっ……!」


 まさかアミを見捨てるっていうの?

 こうなったら、私がテンクー橋駅へ行って、直接助けるしかない……。


「では、我々はパトロールを中断し会議室に向かう。コトリンは安全に留意し派手な行動は控えるように」

「了解」


 ノブヒロ刑事たちが立ち去るのを見て、コトリンはターミナルビルの地下二階へと下りる。

 ここから真っ暗な鉄道トンネルを歩いていけば、アミが囚われている場所に辿り着けるかもしれない。

 しかし、その希望は即座に打ち消されてしまった。


「この先に行くのは禁止。戻って」


 アンノウンがそう脅しながら銃を突きつけてきたのだ。

 テンクー橋駅にアミがいることは確定したようなものだが、これでは助けることが出来ない。


「分かったわ……。戻るから銃を下ろしなさい」


 コトリンは救出に向かうことを諦め、仕方なく来た道を戻る。

 監視されているのは非常に厄介だ。まともに身動きが取れない。

 ここは一度落ち着こう。外に出て、滑走路が見える位置に腰掛ける。


「あなたも座ったら?」


 コトリンは隣でぼーっと立っているアンノウンに座るよう促す。


「マツヤの指示以外には従わない」

「そう。疲れたら座ってもいいのよ」

「分かった……」


 アンノウンは小さく首を縦に振ったが、その後も座ることはなかった。




 どうしたものかと思案しているうちに、リミットまで三十分を切った。

 ノブヒロ刑事がアミを助けてくれる保証もない。でも自分が助けに行くことも叶わない。何か妙案を見つけなければ。

 その時、こちらに向かって黒いマント姿の女性が近づいてきた。


「ヒナプロデューサー……?」


 コトリンが慌てて立ち上がると、アンノウンが怪訝な顔をして目の前に立ち塞がった。


「あなたは誰?」


 質問に対し、ヒナプロデューサーは微笑みを浮かべて答える。


「私はこのゲームのプロデューサーのヒナです。マツヤさん、呼んで頂けますか?」

「確かに、あなたはマツヤの探していた人……。分かった、マツヤを呼ぶ」


 アンノウンはチャットでメッセージを送り、マツヤをこの場に呼んだようだった。


「ヒナプロデューサー、マツヤと会うのは危険よ。早く逃げて」


 コトリンはさすがにリスクが高すぎると感じ、そう注意する。

 しかし、ヒナプロデューサーの決意は固く、少しも揺らぐことはなかった。


「アミさんを助けてあげられるのは、私しかいないんですよね? ノブヒロさんにも止められましたけど、これは私が立ち向かわなければいけないものだと思うので」

「じゃあ、ここには無断で来たの?」

「はい。私は結局、悪い人ですね……」


 ヒナプロデューサーは自虐的に笑うが、コトリンとしては全く笑えない。


「別に、誰かを助けるために命令に背くのは、悪くないと思うわ……」

「そうでしょうか? と言いたいところですが、これを否定してしまっては先ほどのコトリンさんの行動まで否定することになってしまいますからね。そう思うようにします」

「まさか、アミを助けに行こうとしたのを知っているの?」

「はい、運営スタッフの行動はざっくりとですが把握していますよ」


 さすがはゲームプロデューサー。全部お見通しってわけね。

 やはりヒナプロデューサーは良い人だ。自分を責める必要なんてない。

 コトリンは両手を胸の前で握って、深呼吸してから口を開いた。


「……ねえ、ヒナプロデューサー。私は、あなたに感謝しているの」

「え?」


 突然の言葉に、ヒナプロデューサーは戸惑った様子でコトリンの顔を見る。

 アンノウンも発言の真意を探ろうとしているのか視線を向ける。


「私と初めて会った時のこと、覚えてる?」


 コトリンは少し懐かしむように、その時の記憶を話し始めた。

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