020 宣戦布告

 アミは両手を挙げ、無抵抗の意思を示す。


「大丈夫、私は逃げないよ」

「何を言おうが信用しない。マツヤの言葉以外は聞かない」

「あの、ちょっと痛いんだけど……」

「それは反抗?」

「違うって」


 背中に突きつけられた銃口が背骨に当たって痛い。少し力を緩めてほしいが、全く聞いてくれそうにない。

 仕方なく痛みに耐えながら、コトリンの方に視線を向ける。


「どんな感じ?」

「ダメね。アバターに異常は無いわ」

「そっか、じゃあやっぱりリアルで洗脳されてるってことだね……」


 なんとなく予想はしていたが、バグやチートではなかったらしい。コトリンがコンソール画面を閉じる。

 となると、まずはこの娘の洗脳を解く必要がある。だが、アミやコトリンにそんな心理学者や精神科医のような知識はない。


「この娘の状態、専門家に診てもらった方が良いよね?」

「ええ、そうね。私たちではどうしようもないもの」


 一時的にアカウントを停止させ、現実世界にログアウトさせることも可能だが、この娘の保護者や周囲の人間に洗脳状態であると伝える術がない。


「誰かそういう人、イベントに参加してないかな?」

「確かにあれだけのアクティブユーザーがいれば、一人や二人くらい居そうなものだけれど、協力してくれるかしら?」

「アイテムとかコインとか、対価を支払えば?」

「それが出来れば可能性は上がるかもしれないわね。ただ、ノブヒロ刑事が許可するとは思えない」


 さすがにこのやり方は上の許可が必要か。


「いつまで何を話してる? そろそろ時間になる」


 背後の女の子が突如そんなことを言う。

 時間とは? 良くないことが起こりそうな、嫌な予感がする。


「何をするつもり?」


 コトリンがレーザーガンを構え、答えるよう脅す。


「私も知らない。あと十秒。その時になれば分かる」


 全てはマツヤの頭の中ってことか。

 アミは残された時間で、簡潔にコトリンに伝える。


「私に何が起こっても、とりあえず気にしないで。私は平気だから。コトリンはみんなを守って。この娘も含めて」

「了解。でも、絶対にアミのことも助けてみせるわ」

「それじゃあ待ってるね、コトリン」


 十秒が経過した。

 その時、アミの身体が光に包まれ、視界が真っ白になった。

 この感覚、どこかで……。


「っ、あ、あれ……?」


 気が付くと、アミは地下鉄のホームのような場所にいた。周囲を見渡してもコトリンやあの娘の姿はおろか、一般のプレイヤーすらも見当たらない。ここは一体どこだろうか?


「私、どこかにテレポートさせられたんだ」


 あの光に包まれる感覚は、以前プレイヤーを追跡中にコトリンの魔法で転移した時に味わったものと同じだった。

 まずはここがどこか確かめなくては。そう思い足を一歩踏み出そうとしたところで、違和感を感じる。


「ん?」


 足に何かが絡まっている。

 最初は鎖か何かで拘束されているのだと思った。目を落としたアミは、その正体に顔を青ざめさせる。


「な、何これ……!」


 触手。

 海の生き物のようなヌメヌメとした細い触手が、ホームの下から伸びて足を押さえていたのだ。

 これだけならまだ冷静さを保っていられる。そう考えていたが、状況はどんどんと悪化していく。その触手は上へ上へと巻きつき始め、膝を越え、腿の辺りまで絡みついた。


「ちょ、やめっ……!」


 更に、ホームの下から何本もの触手が出て来て、腕を固定され、全身をがっちりと拘束されてしまった。その内の一本は完全に首を絞めている。ただ、それよりも不快だったのは、服の中にまで触手が入り込み、時折変な所に触れること。思わず声を出しそうになる。


「早く、助けて。コトリン……」


 私は平気なんて、言わなければよかった。

 アミは目を閉じ、一秒でも早く誰かが来てくれることを願った。




 コトリンは女の子にレーザーガンを突きつけ、相手の身動きを封じる。


「銃を捨て、投降しなさい」

「撃ちたければ撃てばいい。役目は終わった」


 本当に狂ってる。ここまで人をおかしくさせるなんて、一体マツヤは何者なの?

 その時、後ろから声をかけられた。男性のプレイヤー。


「あっ、お久しぶりです。エービス以来ですね。なんか物騒ですけど、どうかしました?」


 振り向くと、そこにいたのはマツヤだった。パーティーメンバーのアルルとミーティア、リリーも側に並んでいる。


「いえ。この娘がチートアイテムを持っているようだったから、職質をかけていただけよ」

「そうですか。それにしても、イベントのパトロール中に特別補佐官が一人なんて珍しいですね? あの時の刑事さんは?」


 やっぱり、あの時の接触は偶然なんかじゃなかった。道を聞く振りをして、アミの顔を覚えたのね。


「今は別の場所のパトロールに行っているわ」

「別の場所? もしかして、テンクー橋駅ですか?」


 テンクー橋駅? 

 ハンネダー空港エリアの一番外れの地下にある駅。でも、その出入り口は破壊不能オブジェクトのシャッターで閉じられていて、そこへ行くにはターミナルビルの下にあるハンネダー空港駅から真っ暗な線路を歩かないといけない。


 いや、ちょっと待って。マツヤは今、どうしてそんな場所の名前を出したの? まさか、アミがそこにいるって言うの?


「あなた、何か知っているわね?」

「やっと気付きました? ずっとアンノウンがそれっぽいこと言ってたと思いますけど?」


 この一連の事件を仕組んだのは全部マツヤだ。コトリンは確信した。


「一時間以内にゲームプロデューサーを呼んでください。従わなかった場合、俺は警備課を徹底的に潰しに行きます」

「運営への宣戦布告ってことね?」

「俺は君が正しい選択をすると信じてます。アンノウン、引き続き監視を頼む」


 アンノウンが頷くと、マツヤたちは踵を返し再びモンスターとの戦闘を始めた。

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