019 人質

「ザック、イベントの様子はどう?」

「あれ? ベクターさんはいないんですか?」


 モンスターと戦うプレイヤーを遠目で眺めていたザックの元に、アミとコトリンがやって来て声をかける。


「あのマツヤってプレイヤーとその仲間がかなり派手に暴れてるっすね。ベクターさんは裏の方を見に行くってどっか行ったっす」


 ザックの答えに、コトリンが「ふ〜ん」と頷く。

 アミはマツヤの戦いぶりをしばらく観察する。


「すごい、他を全く寄せ付けない感じだね……。コトリンほどじゃないけど」


 マツヤはソードスキルを駆使し、味方と連携しながら確実にモンスターのHPを削っている。他のパーティーと比べても一発で与えるダメージが格段に違う。あれはトッププレイヤー級の実力の持ち主とみていいだろう。


「ただまあ、コトリンはソロっすから一概には比較出来ないですけどね」

「うるさいわね。一対一に持ち込めばいいだけの話よ」

「いてっ」


 コトリンに小突かれたザックはバランスを崩し、よろよろと後ろに二歩下がる。


「そっか、やっぱりパーティーで上手くコミュニケーションが取れてるのが大きいのかな?」

「ええ、そこがあのパーティーの最大の強みだと思うわ。五人が効率的、効果的な攻撃を無駄なく続けている。多分一人一人のレベルはそこまでのものじゃないんじゃないかしら」


 つまり、パーティーの力が足し算ではなく掛け算になっている。その点から、マツヤはリーダーとして相当優秀なプレイヤーであることが窺える。


「あの高校生は強いとは思う。けど、見てる限りは普通に見えるなぁ。コトリンはまだ怪しんでるの?」


 問いかけてみると、コトリンは険しい表情を浮かべた。


「むしろ怪しさが増したわね。今まで無名だったプレイヤーがいきなり一位を連発するなんてあり得ないもの」

「それには俺も同感っす。と思って見張ってたんすけど、不正行為とかチートとかは確認出来なかったんすよね〜」


 そうなると、マツヤの実力と考える他ないのではないだろうか。

 アミは心の中でそう結論付けたが、コトリンとザックは疑うことをやめない。


「コトリンとアミちゃんはここで待っててほしいっす。ちょっと探ってみます」

「了解。ついでに《銀翼の欠片》ドロップしたら私に頂戴」

「オッケーっす」


 コトリン、今は仕事中だよ……。

 モンスターが倒されたと同時に、ザックがプレイヤーの人混みの中に入っていく。全員が位置につくと、再び巨大なモンスター《飛翔機竜フライトメカドラゴン》が出現した。


「よし。アルル、ミーティア、リリー、行くぞ!」

「うん」

「よし来たっ!」

「はいよ〜」


「「うおぉぉぉっ!」」


 マツヤのパーティーを先頭に、大勢のプレイヤーがモンスターに襲いかかる。それに紛れてザックもモンスターへと攻撃を始める。


「リリーって子、初めて名前呼ばれたね」

「そうね。何か作戦で役割があるんじゃないかしら」


 アミとコトリンは会話をしつつザックの様子を見守る。

 ザックは刀を振り回し、ソロながらも奮闘していた。


「コトリンのために、翼は貰うっすよ!」


 ザックは高く跳び上がり、モンスターの翼に刀を突き刺しにかかる。

 その瞬間、ザックに向かって何かが一直線に飛んでいくのが見えた。


「コトリン、あれ!」


 アミが叫ぶ。

 コトリンは頷き、すぐにレーザーガンを構えた。


『緊急性を確認しました。テンポラリーモード、オブジェクトデリート。障害となる物体を消去してください』


 引き金を引くとレーザーが発射され、その物体は消滅した。


「あれ、弾丸だったよね?」

「弾道からして、確実にザックを狙っていたわ」


 高所からの狙撃。恐らくターミナルビルの屋上。

 アミが振り返って見上げようとしたその時。


 カチャ。


 背中に硬い物体が当たった感触。


「動かないで」


 背後から聞こえた女性の声。その声は冷酷で、脅しだと理解するのに時間はかからなかった。


「警備任務執行妨害よ。銃を下ろしなさい!」


 コトリンがその女性にレーザーガンを向けて警告する。

 アミにはその女性がどんな顔をしているのか、何を思っているのかは一切分からない。ただ、自分に対して強い敵意を抱いていることだけは背中に突きつけられた銃口から伝わってきた。


「あなたは誰……?」


 恐る恐る質問を投げかけると、女性が答える。


「アンノウン。マツヤの従順な手下」


 コトリンやザックの言う通り、マツヤはただの高校生プレイヤーではなかったらしい。だが、一体何が目的なのだろうか。アミを人質に取った理由は何だろうか。


「早く銃を下ろしなさい。さもなければ、規則違反でアカウントを凍結するわよ」

「構わない。マツヤの為に死ねるなら本望」

「この娘、狂ってる……」


 コトリンは警告こそすれど、レーザーガンの引き金に指をかけようとはしない。

 きっとコトリンも気付いているのだろう。銃を突きつけている彼女は洗脳されていると。

 コトリンの言う狂ってるとは彼女自身の頭がおかしいという意味ではなく、精神が正常な状態ではないということ。彼女は感情も理性も失い、盲目的にマツヤに従っている。


「アンノウン、この名前も絶対にこの娘の名前じゃないよ」

「そうね。私もそう思うわ」

「コトリン、どうやったらこの娘を元に戻せるかな?」


 バグやチートが原因なら対処のしようもある。この前のようにアバターがゾンビ化しただけで本人はログアウトしているならそれで良し。

 しかし、現実世界で洗脳されているのだとしたら。それはもう医者やカウンセラーに頼るしかない。考えうる一番最悪の状況だ。


「アバターを解析して、やるだけやってみるわ。多分この娘は撃たない。時間稼ぎだと思う」


 コトリンはそう言うと、空中にコンソール画面を表示させて操作を始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る