018 イベント開幕

 イベント開始時刻の五分前、ノブヒロ刑事とザック、ベクターの三人が会議室に現れた。


「すまない、遅くなった。ああ、下田プロデューサー、お疲れ様です」

「いえ、こちらこそわざわざお時間を頂いてしまって申し訳ありません」


 ノブヒロ刑事は陽菜さんと軽く挨拶を交わして椅子に座る。

 するとベクターが、面倒そうに壁に寄りかかりながら口を開く。


「で、やってる感プロデューサーがどうしたんよ?」


 やってる感。このワードに、コトリンが鋭い視線を向ける。


「やってる感って何よ。ヒナプロデューサーはちゃんとやってるわ」

「おうおう、そうですかい」


 睨まれたベクターは、もう何も言うまいと頭の後ろで手を組んで目を閉じた。

 隣のザックは陽菜さん顔や身体をジロジロと見ているが、害は無いと判断したのかコトリンは特に注意しない。


「下田プロデューサー、仮想世界内からサイバー攻撃を受けているというのは事実ですか?」


 ノブヒロ刑事の質問に、陽菜さんはこくりと頷く。


「はい。ログも記録してあります」


 陽菜さんが表示させた画面を覗き込むと、そこには断続的に不審なアクセスの痕跡があったことを示す情報がずらっと羅列されていた。


「この犯人は、パスワードを破れなかったってこと?」


 呟くアミに、コトリンが「どうかしら」と首を傾げる。


「この攻撃には明確な意図が見えない。権限を奪うにしても、情報を盗み見るにしても、こんな形では到底無理な話よ」

「しかしコトリン、犯人がハッキングの知識に詳しくないとしたらどうだ? 中途半端な攻撃になっている理由として通るんじゃないか?」


 ノブヒロ刑事の言葉に、コトリンは少考する。


「……確かに、その可能性もゼロとは言えないわね。ただ、今回は油断してはいけない気がする。このゲームに危険が迫っている、そんな予感がしているのよ」


 これもまた、刑事の勘というやつだろうか。いや、もしかしたらトッププレイヤーの勘かもしれない。

 その時突如、ザックが陽菜さんに近づいて手を握った。


「安心してください! このザックが天使のヒナちゃんを守ってあげますよ」

「ど、どうも……」


 陽菜さんは一瞬驚いた表情を見せた後、戸惑った様子で苦笑いを浮かべる。

 どうやらザックを放置したのは間違いだったようだ。

 コトリンはザックの腕を掴み、陽菜さんから引き剥がす。


「ほら、早く任務に戻りなさい。もうイベント始まってるわよ」

「そうだな、コトリンの言う通りだ。ザックとベクターは先にイベントエリアに向かっていてくれ。俺もすぐに向かう」


 ノブヒロ刑事の指示で、ザックとベクターは会議室から出て行く。


「サイバー攻撃の件は警備課の方でも対応します。下田プロデューサーは通常業務を行なっていてください」

「私も少し調べてみます。陽菜さんにいつまでも不安を抱えさせる訳にはいきませんので」

「ええ、絶対に犯人を特定してみせるわ」


 ノブヒロ刑事、アミ、コトリンの三人がそう告げると、陽菜さんは申し訳なさそうに「すみません、よろしくお願いします」と頭を下げた。




 十一時、ハンネダー空港滑走路。

 ポップした巨大なモンスター、通称《飛翔機竜フライトメカドラゴン》に大勢のプレイヤーが果敢に突撃する。

 中でも、美少年と話題のプレイヤー《マツヤ》がリーダーのパーティーは目を引く活躍を見せていた。


「アルル、援護してくれ!」

「分かってるよ、マツヤくん」

「これでも、喰らいなさいっ!」

「ミーティア、ナイスアタックだ!」


 五人組のパーティーは、マツヤ以外全員女の子。周囲からはアルルがマツヤの彼女で、ミーティアが妹、その他二人はクラスメイトだと噂されているが、真相は定かではない。


 一体目が倒れると、プレイヤーたちに経験値が付与される。


「よし、俺らのパーティーが一位だな」

「結構ダメージ与えられたもんね」

「お兄ちゃんさすがっ!」


 今回のイベントでは、ダメージを多く与えたパーティーほど経験値が貰える仕組みになっている。そのため、いかに他パーティーより攻撃を加えられるかが重要になる。


「最近あいつらの勢い凄いよな。何なんだあいつ」

「あっという間にトッププレイヤーの仲間入りって感じじゃね? ムカつくわ」


 女の子に囲まれるマツヤを見て、男性プレイヤーたちはヒソヒソと小声で妬むように言う。強くてカッコよくてモテモテともなれば、反感を買ってしまうのも致し方ないだろう。


「よし、二体目がポップするぞ。アルル、ミーティア、次はあの作戦だ」

「マツヤくん渾身のあれだね」

「お兄ちゃん、本当にやるつもりだったの!?」


 そんなやり取りの直後、再び同型のモンスターが出現する。

 マツヤたちは他のプレイヤーに手出しさせないほどの圧倒的な早さで攻撃を重ねていく。妬みを口にしていた男性プレイヤーたちもソードスキルや魔法で負けじと攻撃するが、ほとんど手応えは無かっただろう。一体目の時よりも短い時間でモンスターが倒れ、経験値が付与される。


「また一番だな」

「あの作戦、決まって良かったね」

「私の負担多すぎ〜。もうやらないからねっ」


 喜ぶマツヤたちと、フラストレーションを溜めるその他のプレイヤー。

 そんな光景を、ザックとベクターは遠目で観察していた。


「あのいけ好かない奴、前にベクターが調べたって奴っすか?」

「言われてみりゃそうだったっけな。コトリンに頼まれただけだから忘れてたんよ」

「一応、マークしときます?」

「お前に任せる」


 ベクターは興味無いようで別の場所のパトロールへ向かってしまったが、ザックは何か気になったのかしばらくその場で観察を続けることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る