017 ゲームプロデューサー
「アミさん、コトリンさん、お久しぶりです。私、ゲームプロデューサーの
女性がフードを取ると、見えにくかった顔がはっきりと確認出来た。
確かに彼女は、VR版マジックモンスタープラネットの企画・プロジェクトを統括する責任者である陽菜さんだった。アミは採用面接(と言っても雑談を交わしただけだが)の時に一度会ったことがあるのでよく覚えている。
「アンパイアーなんて向けてしまって大変失礼しました! 不審者だと思ってしまってすみません……!」
アミが慌てて謝罪すると、陽菜さんは全く気にしていないといった様子で笑顔を見せた。
「いえいえ、私が怪しい格好をしていたのが悪いんですから。そんなに謝らないで下さい」
「それにしても、ヒナプロデューサーはどうしてそんな紛らわしい姿でコソコソと行動していたの? もっと堂々としていればいいのに」
コトリンの言葉に、陽菜さんは少し恥ずかしそうに答える。
「えっと、それはですね……。アバターの服装がちょっとあれで……」
「あれってどういうことですか? 結構派手だったりするんですか?」
問いかけると、陽菜さんはマントをちらりと開いて下に着ている服を見せてくれた。
「確かに、それは恥ずかしいですね……」
「ええ、上に何か羽織るのは正解だと思うわ……」
隙間から見ただけなので全体像は分からないが、陽菜さんの服はまるで女神のような真珠色のドレスだった。レースの装飾が施されているが、ざっくりと開いた胸元や腰まであるスリットなど、その露出度はかなり高い。
「それと、他のプレイヤーに気付かれたくなかったんです。実はちょっと問題が発生しまして……。ここでは話しにくいので、場所を変えてもいいですか?」
コトリンの転移魔法で、アミと陽菜さんはターミナルビル五階の会議室に移動した。ここは管理者権限が無いと入れない空間なので誰にも話を聞かれることはない。
「陽菜さん、発生した問題って何ですか?」
アミが問いかけると、陽菜さんは真剣な顔つきでこくりと頷いた。
「実は、少し前から私のアカウントが攻撃を受けているんです。それもゲームの内部から」
「内部って、この仮想世界からってこと? そんなことってあり得るの?」
「はい。コトリンさんの言う通り、通常なら不可能です。なので、私はその調査するためにこっそりとログインしたんです」
通常なら不可能なこの世界からの攻撃。不正なハッキング行為か、はたまたバグを突いたものか。
とにかく、ゲームプロデューサーの持つ最高クラスの管理者権限が第三者に渡ってしまってはゲーム運営を揺るがす一大事だ。最悪の場合、システムも仮想世界も完全に乗っ取られてしまう可能性だってある。むしろ、ここまで大胆な行動に及んでいる以上、それが目的と考えるのが妥当だろう。
「このことって、他に誰か知ってる人はいるんですか?」
「いえ、まだ誰にも話してません。ノブヒロさんには話しておかないととは思っていたんですけど」
すると、コトリンはメニュー画面を開いてノブヒロ刑事に何かメッセージを飛ばした。
「ヒナプロデューサー。多分この問題は一人で抱え込むべきものじゃないわ。今すぐ警備課全員で共有しましょう」
「そ、それは大袈裟ですって。皆さんにご迷惑ですし、まずは私で調べますから……!」
両手をひらひらと振り慌てて断る陽菜さんだったが、コトリンが鋭い視線を向けるとゆるゆると手を下ろした。
「ヒナプロデューサーはもっと人を頼った方がいいわ。いつまでも過去に責任を感じていてもしょうがないわよ」
「でも、私は楽しんでくれたユーザーの皆さんにあんなことをしてしまったんですよ? せめて罪を償わないと……」
コトリンと陽菜さんの会話をしばらく聞いていたアミ。
だが、何の話をしているのかいまいち掴めなかった。
陽菜さんは過去に何か不祥事を起こしてしまったのだろうか?
「ねえコトリン。陽菜さんって、昔に何かあったの?」
聞こえないように小声で訊いたのだが、陽菜さんにも聞こえてしまったようだった。陽菜さんはばつが悪そうに目を逸らして口を開く。
「……アミさんは、四年前のARゲームの事件を覚えていますか?」
「四年前……。ああ、ウェアラブル端末向けのこのゲームのリアルイベントで、複数の負傷者が出たって事件ですか? 確か犯人は当時ゲームプロデューサーをしていた人でしたよね?」
「はい。実は、その犯人は私の兄なんです。そして、ユーザーを負傷させたのはこの私なんです」
まさか。アミは信じられず、思わずコトリンの方を見る。
しかし、コトリンは黙って静かに首を縦に振った。
「で、でも、どうして陽菜さんがそんなこと……?」
「私怨で暴走する兄を止められなかったんです。私がしっかりしていれば、私が手を貸さなければ。私は弱い人間です。本当はプロデューサーを務めるような立場じゃないんですよ。アミさん、驚きました? 私のこと、嫌いになりました?」
俯く陽菜さんは自嘲するような薄笑いを浮かべながら、今にも泣き出しそうなほど目を潤ませていた。
「いえ、嫌いになんて、そんな……!」
少し驚きはしたけれど、別に嫌いになんてならない。
陽菜さんが悪い人だとも思わない。
ただ、自責の念に苦しむ陽菜さんに、どんな言葉をかければいいのか分からなかった。
「いいんです。私には父や兄のように、世界を変えるようなゲームは作れませんから」
陽菜さんは震えた声でそう呟くと、再びフードを被って顔を隠した。
「ヒナプロデューサーはちゃんと罪を償った。そして、プレイヤーのことを考えてゲームを運営している。もう自分を責める必要は無いはずなのだけれど……」
「それだけ陽菜さんは、真面目で良い人なんだよね」
アミが言うと、コトリンは小さく頷いた。
「ええ。彼女は本当に良い人よ」
きっとコトリンも過去に陽菜さんに助けられたのだろう。だからこうして特別補佐官として活動出来ているのかもしれない。
どうしたら陽菜さんの心を解放してあげられるのかな?
ノブヒロ刑事が到着するまでの間、アミはずっと考えていた。
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