第三章

016 ハンネダー空港エリア

 二〇二四年四月二十七日、土曜日。

 マジックモンスタープラネットでは今日からいよいよ大規模なイベントが開始される。トッププレイヤーから初心者まで、日本中からログインしてきた数万人がシンジーク中央広場に集結していた。

 運営本部タワーの警備課オフィスからその光景を眺めていたアミが思わずぽつりと呟く。


「これだけの人が仮想世界にいて、現実は大丈夫なのかな……?」


 それを聞き逃さなかったコトリンは、アミの隣に来ると窓に寄りかかって言う。


「別に平気だと思うわ。日本国民一億二千万人の中の数万人なら社会活動に支障は出ないでしょう。それに今日は土曜日だし休みの人が大半のはずよ」

「まあ、確かにそうかもだけど……」

「とにかく、今日からイベント終了までの一週間、不正行為は確実に増加するわ。刑事としてしっかりお願いね、アミ」

「うん。一緒に頑張ろうね、コトリン」


 時計が十時を指すと、ノブヒロ刑事が姿を現した。


「おはよう、全員揃っているな? 知っての通り、本日より共闘イベント《ハンネダーの飛翔機竜フライトメカドラゴン》が開催される。イベントエリアであるハンネダー空港エリアを中心に厳しくパトロールを行い、平穏無事にイベント閉幕を迎えられるよう全力を尽くせ」

「「はい!」」


 アミとコトリン、ノブヒロとザックとベクターの二班に分かれ、早速パトロールを開始する。


 アミはコトリンの魔法でテレポートし、一足先にハンネダー空港エリアへ向かった。イベントのスタートは十一時なので、まだ周辺にプレイヤーの姿は見えない。


「さてと、最初にモンスターのポップ場所だけ確認しておきましょう。人が集まる場所を事前に把握しておくことで混乱も未然に防げるわ」

「なるほど、さすがコトリン! じゃあまずはその場所に行ってみよっか」


 コトリンの案内のもと、アミはモンスターの出現地点へと歩き始める。

 しかし、アミはどこがその地点なのかいまいち理解していなかった。


「ここ、勝手に入っていいの?」

「いいも何も、柵の向こうが今回のフィールドなのだから入らないとしょうがないでしょう?」


 コトリンに呆れられつつ、アミは場周柵をくぐり駐機場へと足を踏み入れる。

 しばらくして、滑走路と思しきアスファルトのど真ん中でコトリンが立ち止まった。


「ここみたいね」

「ここ? 見たところ何も無いし、それに危なくないの?」


 見渡す限りモンスターの気配は無く、普通の滑走路としか思えない。そもそもこの視点から滑走路を見ることもないので普通かどうかは知らないが。


「イベントが始まればプレイヤーが近づいた時点でポップするわ。あと飛行機が来ることは絶対に無いから心配は無用よ」


 つまり、今はまだイベント開始前だからモンスターが出現しない。そして、この滑走路には飛行機が離着陸しないように設定されている。

 そこはゲームの世界、プログラムされていないことは起こらないという訳か。


「あとは時間までターミナルビルの見回りでもしておきましょうか」

「そうだね。コトリン、案内お願い」


 アミはコトリンの後をついて、ハンネダー空港ターミナルビルへと向かう。

 ターミナルビルは地上六階地下二階で、屋上には展望デッキが設けられている。


 二階の出発ロビーにやって来たアミは、無人の巨大空港に少々恐怖を感じていた。


「これだけ広い建物の中に誰もいないのって、さすがにちょっと怖くない?」

「まあ確かに、羽田空港がこんな光景だったら、確かに怖いかもしれないわね」

「東京をモチーフにするのはいいけど、もう少し考えて欲しいなぁ」


 マジックモンスタープラネットのマップに対してぶつぶつと不満を漏らしていると、コトリンが人差し指を立てて口を押さえた。


「アミ、静かに。誰かいるわ……」


 二人は急いで物陰に隠れ、こっそりと様子を窺う。


「黒いマントを羽織っているわね。顔はフードでよく見えない」

「どうするの? 絶対怪しいよね?」

「アミはここで待機していて。私が職質をかけるから」


 コトリンはそう言うと物陰から飛び出し、黒マントの人物に近づいていく。

 アミは念のためにアンパイアーを手に状況を見守る。


「ねえ、あなたはここで何をしているのかしら?」


 コトリンが声をかけると、黒マントの人物はビクッと体を跳ねさせた後、すぐさま手を伸ばして魔法を唱えた。


「スキルコール、ライトニングシュート」


 黒マントの人物が伸ばした手から攻撃が放たれる。

 スキルコール? マジックコールじゃなくて?

 そんな疑問が浮かんだが、今はそんなことはどうでもいい。

 コトリンは華麗な身のこなしで回避し、アンパイアーの銃口を向ける。


「警備課よ。無駄な抵抗はやめなさい」

「あっ。あなた、特別補佐官の……」


 黒マントの人物がそんな言葉を呟く。

 なぜコトリンのことを知っているの? アミのアンパイアーを握る手に力が入る。


「私のことを知っているようね。まさか不正行為の常習犯だったりするのかしら?」


 問い詰めるコトリン。

 すると、黒マントの人物は首をふるふると横に振り、穏やかな口調で話し始めた。


「あの、えっと、違うの。ごめんなさい、勘違いさせちゃって……」

「勘違い?」


 黒マントの人物の言動に、コトリンが首を傾げる。

 あれ、この声どこかで……?

 黒マントの人物、もとい女性の声に聞き覚えがあったアミは、物陰から出て口を開いた。


「コトリン、もしかしてこの人さ」

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