幕間 討伐クエスト(2)

 田んぼ道を抜け、森の中を進むこと十分ほど。突如おどろおどろしい咆哮が聞こえてきた。いよいよラスボスのおでましのようだ。


「アミはここを動かないで」

「うん、分かった」


 コトリンが剣を抜き、周囲を警戒する。

 どこから出て来るのだろう。アミもキョロキョロと森を見回す。


『グオオッ』


 その時、ドスンドスンという足音とともに、翼の生えた真っ黒なドラゴンが姿を現した。人の背丈の何倍もの大きさで、全身は鎧のような鱗に覆われている。


「マジックコール、エンハンスストレングス」


 コトリンが魔法を唱え、自身に身体を強化するバフをかける。

 そして、剣を後ろに引いてソードスキルを発動させた。剣が緑色に光る。


『グアア〜ッ!』


 ドラゴンが口を大きく開け、炎を吹き出す。

 直後、その瞬間を狙っていたようにコトリンが駆け出した。剣を振り上げると、ギュイーンという駆動音が鳴る。


「二十連撃剣技、トゥエニーストライク!」


 振り下ろされた剣はドラゴンの腹部を縦に斬り裂く。そして続けざまに下から上へ、右から左へ、左から右へ。この動作があと三度繰り返される。

 わずか十秒で二十回の斬撃を叩き込まれたドラゴン。


「コトリン、すごい……!」


 さぞ大ダメージを負ったろうとアミがドラゴンの顔を見上げると、鋭い目でギロリと睨みつけられた。

 どうやら今の攻撃では全然HPを削れていないらしい。

 コトリンはそれを想定済みだったようで、すぐさま魔法を唱える。


「マジックコール、ハイドロブラスター!」


 地面を蹴って後ろに飛びながら、左手を前に伸ばし魔法を繰り出す。

 火属性のドラゴンに対して水魔法は効果抜群で、ドラゴンの動きが鈍る。

 そして、コトリンはここで仕留めると更なる大技ソードスキルの準備モーションに入った。


「これで終わりよ。上位剣技、ダークホライズン」


 スキル名を呟いたのと同時に、剣が漆黒の瘴気に包まれる。

 ドラゴンもその攻撃はさせまいと一際大きな声で威嚇する。

 だが、そんなことで怯むコトリンではなかった。

 ドラゴンの背丈よりも遥か高く跳び上がり、頭上から斬撃を叩き込む。


 ドカーン!


 剣とドラゴンの鱗がぶつかり、激しい爆発が起こる。

 一瞬にして森が闇に包まれ、視界が遮られた。

 咳き込みながら、アミが呼びかける。


「コトリン、大丈夫? どこにいるの?」


 少し待ってみるが、返事は聞こえてこない。

 アミは不安に感じながらも、この真っ暗闇の中では身動きが取れなかった。それ以前に、そもそもコトリンから動くなと言われているので動くつもりもなかった。

 それから数十秒ほど。徐々に太陽光が差し込んできて、視界も開けてきた。

 すると、ドラゴンの姿はどこにもなく、ドラゴンがいたはずの場所にうっすらと人影が見えた。あのシルエットはどう見てもコトリンだ。


「コトリン、倒せたの?」


 アミが側に駆け寄ると、コトリンはドロップしたアイテムを回収しながらこちらを振り向いた。


「ええ、必殺技がしっかり決まったわ」

「それにしてもさ、ちょっとやりすぎじゃない? 魔法とかソードスキルのせいで、かなり環境破壊されてるけど……」


 辺りを見ると、森の木々は無残にも薙ぎ倒され、地面はデコボコになってしまっていた。


「別に平気よ。だってここは」

「ゲームの世界だから。もちろん分かってるよ。だけど、あんなプレースタイルは良くないと思うな」


 さすがのアミも現実と仮想世界の区別はつくようになった。一定時間が経過すればこの森が元通りになることは承知している。

 アミは環境破壊を憂いているのではない。そこまでの激しい技を繰り出し続けるコトリンの戦い方自体を憂いているのだ。


「バーサークフェアリー。コトリンは周りからそう呼ばれてるんでしょ? それって一個一個の技が派手だからなんじゃないかな? コトリンならもっと華麗に戦うことも出来ると思うけど」


 アミの言葉に、コトリンは頷く。


「そうね。アミの言う通り、こんな戦い方をしなくても今のドラゴンなら倒せたと思うわ。でも、私はそれじゃ満足出来ないのよ。いえ、出来なくなってしまったって言う方が適切かしらね。きっと私は、この世界に長居しすぎたのよ……」


 コトリン、リアルネーム古藤凛がゲームの世界に引きこもったのは中学三年生の時。それからずっとこの世界に入り浸っていた中で、あのような戦い方に快感を抱くようになってしまったらしい。


「もしかしたら、破滅衝動に近い感覚なのかもしれないわね」


 少々危ない思想な気もしたが、現実ではリスクを冒す真似はしないしそんな度胸もないと言ったので、アミはそれ以上何も言わなかった。


「さて、シンジークに戻って報酬を受け取りましょう」

「列車の時間は?」

「大丈夫よ。クエストクリアの後に丁度よく乗れるようにプログラムされているから」


 さすがはゲームの世界。何時間も待たされる現実の田舎とは比べ物にならない便利さだ。

 アミはコトリンと手を繋ぎ、駅へと続く田んぼ道を歩いていった。




 その光景を、一人の男性プレイヤーが物陰から見つめていた。


「やっぱり、警備課のウィークポイントはあの新人刑事だな。……俺もそろそろ本気を出すか」


 男性プレイヤーはそう呟き、転移魔法でどこかへと移動した。

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