幕間 討伐クエスト(1)

 今日は非番の日だが、アミはマジックモンスタープラネットにログインしていた。コトリンのトッププレイヤーとしての姿を見るためだ。


「おはよう、アミ。キャラメイクしてみたのね?」

「うん。イマイチ勝手が分からなくて、刑事用のアバターとほとんど変わらないけどね……」

「いいんじゃない。最初は慣れた姿でやるのが一番だと思うわ」


 非番の日にサイジェネのオフィスから専用機器でログインする訳にはいかないので、アミは自宅からVRゲーム機でログインした。普段ゲームをやらないアミにとってキャラクターメイクは初めての体験だったので、髪型や体型を簡単に調整するくらいしか出来ず服装以外はほぼ現実の自分と同じ姿だ。


「それでコトリン、今日は何をするの?」

「もうすぐイベントが始まるから、とりあえずレベル上げと素材集めね」

「素材?」

「ええ。武器を強化したり、魔法を習得するのには素材が必要なのよ。素材はモンスターを倒したり、クエストをクリアすることで得られるわ」

「う〜ん。話だけじゃよく分からないかも……」

「まあ、私のことを見ていればあなたなら理解出来るはずよ」


 百聞は一見にしかずと、アミはコトリンの後ろをついていく。

 コトリンが建物に入ったので、一緒に中に入る。するとそこは、ゲーム内の様々なクエスト情報が集まるインフォメーションセンターのような施設だった。


「すみません、上級者向けのおすすめのクエストは何かあるかしら?」


 窓口のNPCに話しかけるコトリン。

 クエストとか言っていいのかな? ゲームの世界観を壊しているような気もしたが、ここは突っ込まないことにする。


『あなたは最上位クラスの魔法剣士とお見受けしました。ぜひ、この村を救っては頂けませんか?』

「ドラゴンの討伐クエスト……。悪くないわね、これを受けるわ」

『ありがとうございます! では、地図と村までの乗車券をお渡しします。どうかご無事で』

「ありがとう」


 やり取りを終え、コトリンが戻ってくる。


「コトリンさ。会話が噛み合ってないように思えたけど、気のせいかな?」


 突っ込まないようにと思っても、ここまで来るとさすがに気になってしまう。

 恐る恐る問いかけるアミに、コトリンはあっさりと認める言葉を口にした。


「その通りよ。私はクエストを受けられればいいタイプの人間だから、ロールプレイは一切していないわ」

「そうだよね。だって窓口の人とテンションが違いすぎるもん」


 切羽詰まった様子で心からお願いし感謝していた窓口のお姉さんに対し、コトリンは作業的な返しをするだけ。傍から見たらかなり異様な光景だった。


「さあ、行きましょう」

「う、うん……」


 ゲームと現実の違いが感覚として掴めていないアミは、戸惑いを隠せないまま建物を出る。そして、コトリンと共に駅へと向かった。


 コトリンは先ほどNPCから貰った乗車券を改札にかざす。アミは何も持っていなかったが、改札を通ると自動的に持ち物からコインが引き落とされたらしく素通りすることが出来た。これはこれで現実にあると便利なシステムかもしれない。


「シンジーク駅はこの世界で一番大きな駅よ。列車の発着本数や行き先も桁違いだから、どれに乗るのか迷わないようにね」

「つまり、東京駅とか大阪駅みたいなこと?」

「まあ、元ネタは新宿なのだけれど、そういうことね」


 言われてみればそうだった。運営本部タワーの見た目はほぼ都庁だし、シンジーク中央広場は新宿中央公園を彷彿とさせる。ここはゲーム世界の新宿だ。


『三番線に停車中の電車は、十時ちょうど発、快速コガネー行きです』


 ホームに本物さながらのアナウンスが流れる。

 オレンジと緑のラインが入った列車に乗り込み、コトリンと向かい合ってボックス席に座る。


「目的地までどれくらい掛かるの?」


 村を襲うモンスターを倒すというくらいだし、結構な時間を要するのだろうか。

 アミの疑問に対し、コトリンは一言。


「三分」

「えっ?」


 聞き間違いだよね? アミは思わず訊き返す。

 しかし、聞き間違いではなかったようでコトリンはもう一度分かりやすく説明し直す。


「発車してしまえば三分で着くわ。だって途中ワープするもの」

「わ、ワープ?」

「そう。ワープ」


 列車がワープする世界観なんて誰が考えたんだ……。

 呆気にとられたアミを乗せた列車は、定刻通り十時ちょうどにシンジーク駅を発車した。




 三分後。列車は緑豊かな土地にポツンとあるホームに滑り込んだ。

 ここがドラゴン討伐クエストの舞台、コガネー村だ。


「駅を出たらクエスト開始よ。アミはこれを持っておいて」

「これは?」


 コトリンが手渡したのは、綺麗な青い宝石のようなものだった。


「それを身に着けていれば近くで見ていてもモンスターに襲われる心配はないわ。戦うのは怖いでしょう?」

「ありがとう。首からぶら下げておけばいい?」

「ええ、そうしておいて」


 アミは受け取った宝石をペンダントのように首から下げる。


「さて、戦闘開始よ」


 コトリンが駅から一歩出た途端、モンスターが目の前に現れた。

 そこまで強い敵ではなさそうだが、コトリンの目つきが変わるのが見て取れた。

 アミは駅の構内から様子を見守る。


『グアァァ!』


 咆哮をあげるモンスターに対し、コトリンは腰に差した剣を引き抜く。

 そして、キュイーンと駆動音が鳴り剣が赤く発光するのを確認すると、思い切り横薙ぎに振るった。


『グアァ……』


 バタン、とモンスターが倒れる。

 ここまでの時間、わずか十秒ほど。

 ドロップしたアイテムを確認したコトリンは、こちらを振り向いて微笑む。


「さあ、早くラスボスを倒しに行きましょう?」

「そ、そうだね……」


 いくらなんでも強すぎるでしょ……。少々引き気味のアミ。

 だが、これはコトリンの本気の一割にも満たなかったということは、この時はまだ知る由もなかった。

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