015 犯行予告

「なるほど。つまり事件はまだ始まったばかりだと、そういうことね?」


 アミから説明を受けたコトリンは、顎に手を当てて言う。


「これからもっと大規模な不正行為が行われる可能性もある。それだけは頭に入れておいて」

「分かったわ。……そろそろアバターの修復が終わる頃ね。一度落ちてメインアカで入り直すから、ちょっと待っていて」


 コトリンは空中に表示させた画面からログアウトボタンを選択し、姿を消す。

 程なくして、いつものコトリンのアバターが目の前に現れた。


「復旧出来て良かったわ。特別補佐官の権限はこっちのアカウントにしか無いから、使えないと困るのよね。さて、戻りましょう」


 地上へ向けて歩き出すコトリンの後ろを、アミは見失わないようについていく。


「コトリン? さっきのアバターはサブアカウントって言ってたけど何に使う用なの?」


 首を傾げるアミに、コトリンが答える。


「息抜き用、かしらね。トッププレイヤーともなると、周りから受けるプレッシャーも多いのよ。適当に楽しみたい時は地味なアバターでこっそりとね」

「ふーん。ゲームにも色々大変なことがあるんだね」

「まあ、所詮遊びな訳だし、気にすることもないのだけれど」


 管理者通路を抜け、ようやく明るい直線道路まで辿り着いた。


「ここまで来れば、あとはエレベーターホールに入るだけよ」

「良かった〜。体感時間すごく長かったんだけど……」


 安全圏のエレベーターホールに入ると、アミはホッと胸を撫で下ろす。


「アミ、初めての地下ダンジョンはどうだった? 疲れたでしょう?」


 コトリンの問いかけに、アミは力無く頷く。


「うん。しばらく来たくない……」

「ふふっ。そこは安心していいわ。一度パトロールした場所はしばらく担当にならないから」

「本当?」

「ええ」

「ならいいけど……」


 暗いし不気味だし、おまけにあんな事件が起こるし。このダンジョンはアミにとって完全なトラウマになってしまっていた。


 アミとコトリンはエレベーターで二十五階へ上がる。

 警備課オフィスに戻ると、まだノブヒロ刑事たちはパトロール中のようで誰もいなかった。


「ヨーヨギー森林だと、あと二十分はかかるかしらね」


 呟いたコトリンは、椅子に座りディスプレイパネルを起動させる。

 そして、あるファイルを開いて頬を緩めた。


「どうしたの?」


 隣の椅子に腰を下ろしながら、アミはディスプレイを覗き込む。


「この前エービスで道を尋ねて来た人、あまりに怪しかったからベクターに調べておいてって頼んだのよ。気が向いたらとか言ってた癖に、すぐに調べてくれたみたいね」

「へぇ、ちょっと意外かも。ベクターさんって怖いイメージしかなかったから」

「あいつはツンデレなだけよ」


 コトリンはアミと会話をしつつ、ファイルの内容に目を通す。


【プレイヤーネーム:マツヤ 本名:松永雄哉 生年月日:2007/11/19 住所:神奈川県大和市 登録メールアドレス:matsuya1031@cygene.mail】


「本名って、ベクターは一体どこまで調べたのよ……。生年月日は二〇〇七年、つまり彼は高校二年生……?」

「やっぱり、普通に迷ってただけじゃないのかな?」


 アミの言葉に、コトリンは「うーん」と唸る。


「だといいのだけれど。なぜだか嫌な予感がするのよね……」

「もしその予感が当たってたとして、普通の高校生に何が出来るの?」


 すると、コトリンは椅子を回転させてアミの方に身体を向けた。


「何だって出来るわ。やろうと思えばサーバーのクラッキングだってコンピューターウイルスの作成だって可能よ。必要なのは知識だけ。高校生かどうかなんて関係無いわ」


 つまり、このマツヤが事件の黒幕である可能性も排除出来ないという訳か。

 アミはディスプレイパネルを見つめ、拳をぎゅっと握った。




 二十分後。ノブヒロとザック、ベクターの三人がパトロールから戻って来た。


「アミ刑事、もう戻っていたのか」

「ノブヒロ刑事、お疲れ様です」


 アミが頭を下げるも、ノブヒロは挨拶を返してくれない。

 やはり、コトリンと仲良くしていることが気に食わないのだろうか。

 でもどうして。何でそこまで特別補佐官を嫌うの?

 アミにはその理由が全く分からなかった。


「あ〜あ、森の中歩くだけって暇すぎ。デイリーミッションとかこなしながらじゃダメなのかよ」


 椅子にドスッと腰掛けたザックの呟きに、ベクターが反応する。


「ふん。ヨーヨギーに出るモンスターなんて雑魚ばっかじゃねぇか。デイリーやるなら地下ダンジョン一択だろ。なあバーサークフェアリー?」


 誰のことだろう?

 聞き慣れない言葉に困惑していると、コトリンが口を開いた。


「そうね。アイテムドロップと経験値稼ぎを兼ねるならダンジョンかしらね」

「だろ? ヨーヨギーなんて所詮チュートリアル用のフィールドなんよ」

「でもヨーヨギーなら時間かけずにサクッと終わるじゃないっすか。ヨーヨギーしか勝たんっす」

「だからお前はいつまで経っても二流だっつってんだろ」


 ザックとベクターが口喧嘩を始める。

 関わらないようにしようとアミは視線を逸らす。

 その隣で、コトリンは呆れたようにため息を吐いた。


「そうだ。さっきコトリン、あだ名で呼ばれてなかった?」


 問いかけると、コトリンは頷いて答える。


「ああ、バーサークフェアリーね」

「うん。それどういう意味?」

「妖精みたいに可愛い狂戦士。イベントのボス戦で暴れ回ってたら、いつの間にかトッププレイヤー達にそう呼ばれていたわ」


 確かにコトリンは、髪や瞳がピンク色でとても可愛い容姿をしている。妖精という表現は納得出来るが、狂戦士とは一体?


「コトリンって、そんなに激しい戦い方するの?」


 アミは思わずそんな質問をしてしまった。

 しかし、コトリンは嫌な顔もせず平然と答える。


「ええ。本気モードの時は、剣を振り回しながら魔法を撃ちまくるのよ」

「そんな無茶苦茶な……」

「もうすぐイベントもあるし、練習がてら今度見せてあげるわ」


 そう言って優しく微笑むコトリン。


「私も、コトリンが普通にゲームしてるところ見てみたいな」

「結構派手に暴れるけれど、ちゃんと正気だから間違ってアンパイアーで撃たないでよね?」

「それくらいの判断はつくけどさ……」


 アミはコトリンのそんな姿を想像出来ず、興味はあるが少し怖くもあった。

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