014 ゾンビ化

「う、うぅ…………」


 倒れていたコトリンが、急に呻き声をあげて立ち上がった。

 しかし、顔は俯いたままで、体はふらついていて生気が感じられない。


「コトリン! 大丈夫……?」


 アミは体を支えようとコトリンに近づく。

 その瞬間、コトリンが顔を上げた。


「うああっ…………!」


 しかし、その表情はいつものコトリンではなかった。

 コトリンの目は赤く光っていて、睨みつけるような鋭い視線をアミに向ける。


「どうしたの……? 私だよ、アミだよ」


 アミは話しかけながらも、一歩二歩と後ろに下がる。

 獣のようなその様子に、恐怖心を抱いていた。


「さぁ刑事さん。仲間に殺されるっていうのはどんな気分だろうねぇ?」


 男は楽しそうにけらけらと笑っている。


「やっぱり、アバターに何か不正プログラムを……」


 アミは拳を握り唇を噛む。


 その人の想いが詰まった、その人の分身であるアバターを、こんな姿にしてしまうなんて。これは絶対に取り締まらなければ。


 そして、アミにとって何よりも許しがたいことが。


「私のコトリンを、返して……!」


 コトリンに手を出したことは、アミが激怒するに十分な行為だった。

 アミはレーザーガンを男に向ける。


『コンフィグレーション、アカウントディリーション』


 引き金を引き、レーザーを発砲する。

 だがやはり、男には全く効かない。


「何度やっても無駄なんだよ。撃つべきはお仲間の方だと思うけどねぇ」


「うあぁ…………」


 コトリンはゆっくりとした足取りで、アミに迫ってきている。

 しかし、アミにはコトリンを撃つという選択肢は無かった。


「あなたの不正を暴いて、コトリンを元に戻す……!」


 アミは連続で発砲を続ける。

 でも、結果は何度やっても同じ。


 気付けばコトリンはアミの背後に立っていた。


「コトリン、待っててね。今助けてあげるからね」


 振り返り、優しく声を掛けるアミ。

 だが、アミの言葉は届かなかった。


「うあああっ!」

「くっ……!」


 コトリンは爪を立ててアミの首筋を引っ掻き、そのまま地面に押し倒したのだ。


「うあっ! うああっ!」

「コトリン、落ち着いて……。大丈夫だから……」


 アミは服を引き裂かれ傷だらけになりながらも、コトリンに話しかけ続ける。


 その様子を見て、男は笑いながら言う。


「さっきの奴といい、刑事さんといい、どうして仲間が壊れたことを受け入れられないんだろうねぇ」


 アミは痛さに耐えながら、何とか口を開く。


「それは、大切だから……。自分はどうなってもいいから、コトリンを助けたい。そういう気持ち、あなたには一生分からないだろうけど」


「ああ、分からない。分かりたくもないねぇ。さて、そろそろ終わりだ。刑事さん、じゃあねぇ」


 男は踵を返し、トンネルの奥へと立ち去ろうとする。

 その瞬間、キィンという音と共に赤い一筋の光が閃いた。


「ぐはっ……!」


 男がバタンとその場に倒れる。


 直後、アミの上に覆いかぶさっていたコトリンの体を、何者かがズバッと斬り裂いた。

 真っ二つになったコトリンに、アミは必死に声を掛ける。


「コトリン! ねえ、しっかりして! コトリン……」


 アミの目に涙が浮かぶ。

 コトリンは完全に死んでしまっていた。


「あなた、一体何を……!」


 アミは男とコトリンを斬り裂いた謎の人物を睨みつける。

 すると、その人物はアミの方を向いて困ったように答えた。


「全く、そんなんじゃ刑事失格よ」


 その声色、表情、仕草。

 見た目こそ違うが、アミはこの人物の正体をすぐに理解した。


「コトリン……?」

「ええ。何故だか強制ログアウトされたから、サブアカウントでログインし直したのよ。それで戻ってきたらこの有り様。特別補佐官の権限も無いし、ソードスキルで無力化させるのが限界だったわ」


 刀を斜めに振り下ろし、鞘に収めるコトリン。

 アミはホッとした様子で、コトリンに抱きついた。


「良かった……。コトリンがおかしくなっちゃったって思って、すごく怖かった〜!」

「もう、アミはここが仮想世界ってことを忘れがちよね」


 そう呟きながらも、コトリンはアミの頭を優しく撫でた。




 アミはこのウイルスと男性プレイヤーについて、ゲームプロデューサーにダイレクトメッセージを送った。

 するとすぐに『開発チームに報告しておいたから安心して下さい』と返信がきた。

 これでこの事件は幕引きだろう。


「あ〜、もう。どうして次から次へと問題が起きるの……」


 アミが疲れたように言うと、コトリンはそっと肩に手を置いた。


「まあ、この仕事を選んだのはあなたなのだから、それくらい頑張りなさい」

「うん。もちろん頑張るけど、さすがにこれが続くとちょっとね……」


 それを聞いて、コトリンはふと疑問を口にした。


「確かに、アミが入ってから不正行為の数もレベルも上がってるわね……」

「そうなの?」


 首を傾げるアミに、コトリンはこくりと頷く。


「ええ。偽コインは過去にもあったけど、爆弾やウイルスなんて今までに無いケースだもの」

「ってことは、ノブヒロ刑事から聞いた話は本当なのかも……」


 アミが呟くと、今度はコトリンが首を傾げた。


「え? アミ、何か知っているの?」

「うん。いや、詳しくはあれだけど。ノブヒロ刑事から一つ捜査を任されてて」

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