013 ウイルス
管理者通路を抜けた先は、薄暗いシールドトンネルだった。
地面には線路が敷いてあり、壁面をよく見ると《45》や《停車駅確認》と書かれた看板が設置されている。
どうやら地下鉄のトンネルらしい。
「コトリン、どっち?」
アミの問いかけに、コトリンは右を指差した。
「多分こっちね。左はカーブの先に車両が停まってて行き止まりなのよ」
二人は右に曲がり、線路の上を走る。
コンクリート製の枕木や列車の制御装置に足を取られながら、何とか声がしたと思われる地点までたどり着いた。
「警備課です。叫び声が聞こえたので確認に来ました」
アミが呼びかける。
しかし、トンネルに反響するだけで人の姿は見えない。
「おかしいわね……」
「コトリン、本当にここで合ってる?」
二人は周囲を見回し、見落としているものが無いか確認する。
その時、地面がゴゴゴゴと大きな音を立て、激しい縦揺れが襲った。
「何? 地震?」
慌てた様子のアミに、コトリンが返す。
「いいえ、違うわ。これはきっと、ボス級モンスターが出てくる兆候よ」
「モンスター!?」
「来るわ」
直後、地面から真っ赤なモンスターが出現した。
見た目は巨大なヤモリだが、口からは炎を吐いている。
「どうするの?」
壁際の物陰に隠れるアミ。
質問に対し、コトリンは冷静に答える。
「心配いらないわ。レーザーガンで片付ければ一発よ」
コトリンは親指と人差し指を立てて鉄砲の形を作り、出現したレーザーガンを手に取る。
『アカウント認証、コトリン特別補佐官。許諾アカウントです。アカウント管理システム、《アンパイアー》起動しました』
「グギャァァァ!」
咆哮をあげるモンスター。
すかさず銃口を向けると、コトリンは引き金を引いた。
『緊急性を確認しました。テンポラリーモード、オブジェクトデリート。障害となる物体を消去してください』
自動音声と同時に、レーザーがモンスターを撃ち抜く。
「グアッ!」
モンスターは一瞬にしてパーティクルとなって消滅した。
「ほらアミ。もう大丈夫よ」
「うん、ありがとう……」
二人は気を取り直し、先ほどの叫び声の人を探そうとする。
だが、またしても妨害が入った。
パチパチパチと拍手をしながら、一人の男性プレイヤーが近づいて来たのだ。
「いやいや、さすがはトッププレイヤーだ。素晴らしいエイムだねぇ」
「誰?」
コトリンは一歩前に出て、男を睨みつける。
「僕をご存知ない? イベントでも結構ランク上位に入ってるんだけどねぇ」
「ごめんなさい。知らないわ」
「そうか、それは残念だ。本当なら『ピンチから助けてあげたのに』って流れなんだけど、特別補佐官とあっちゃあしょうがないよねぇ」
男性プレイヤーの意味深な発言に、コトリンはレーザーガンを構えて問い詰める。
「どういうこと?」
「焦らなくてもすぐに分かる。こういうことなんだよねぇ!」
すると男はアイテムストレージから注射器のようなものを取り出し、コトリンに襲いかかった。
「チッ、舐められたものね」
『緊急性を確認しました。テンポラリーモード、アバターパラリシス。検索対象に措置を実行してください』
コトリンは反射的に引き金を引く。
しかし、男の動きは止まらない。
「無駄なんだよねぇ!」
「しまっ……!」
間合いを詰められ、コトリンは回避することが出来ない。
「コトリン!」
アミが名前を呼んだその瞬間、注射器の針がコトリンの腹部に刺さった。
「ア、ミ……」
コトリンは苦しそうにアミの方に手を伸ばし、バタンと地面に倒れる。
それを見た男は「にひっ」と楽しげな笑みを浮かべた。
「さあ、こいつがどうなるか。刑事さんも一緒に見届けようねぇ?」
「あなた、一体何をしたの?」
アミがレーザーガンを向けると、男は可笑しそうに腹を抱えて笑った。
「ウイルスだよ。効能は一分もすれば分かるはずだけどねぇ」
「まさか、アバターに不正なプログラムを?」
「さぁ、それは秘密だねぇ」
仕組みは不明だが、これはれっきとした不正行為だ。
アミは引き金に指をかけ、男のログを検索する。
しかし。
『検索の結果、不正行為は確認されませんでした。措置の必要性を感じる場合、手動コマンドでモード切り替えを行ってください。なお、そのログはサーバーに送信されます』
「嘘? 何で?」
目の前で起きた出来事が、なぜか不正に認定されていない。
驚きと戸惑いを隠せないアミに、男はこう告げた。
「これこそが、チートとウイルスの違いなんだよねぇ」
「もしかして、システムの欠陥……?」
アミの呟きに、男は大きく頷いた。
「その通り。アンパイアーはこのウイルスを検知出来ない。バグはちゃんと直しておかないとねぇ」
だが、検出不能な不正行為に対する手段が無いわけでは無い。
アミは親指でレーザーガンの側面にあるレバーを下げた。
『マニュアルモードに変更されました。以降の行動ログは常時サーバーに送信されます』
「バグについては、こちらから運営に報告させて頂きます。ただ、ここであなたを放っておくことは出来ません」
照準を定め、慎重に男を狙うアミ。
『コンフィグレーション、アカウントロック。対象への不適切措置と判断された場合、自身の権限は剥奪されます』
「撃ってもいいけど、意味は無いんだよねぇ」
余裕を見せる男に、アミはレーザーを発砲した。
しかし、またしても男には何も起こらなかった。
「明らかに当たってるのに、何で……?」
動揺するアミに、男は不敵な笑みを浮かべ一言。
「バグは直しておかないとって、早く運営に言っといてねぇ?」
気が付くと、すでにコトリンが倒れてから一分以上経過してしまっていた。
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