第二章
012 シンジーク地下ダンジョン
二〇二四年四月十八日。
アミはマジックモンスタープラネットにログインするやいなや、大きなあくびをした。
「アミ、どうしたの? 久々の家のベッドだったでしょうに、寝られなかったの?」
問いかけるコトリンに、アミは目をこすりながら答える。
「うん。コトリンがあの時言った言葉の意味、やっと分かったよ。感覚が残るってこういうことね……」
「そう。だから後には戻れなくなる。バーチャルだからって甘く見ちゃダメなのよ」
アミはコトリンと体を重ねたことを今更ながら少し後悔する。
でも、これで良かったとも思う。
コトリンへの感情が強くなったことで、アミはこの仕事を簡単に辞められなくなった。
一時は引きこもりになりたいとさえ思っていたアミにとって、ある程度の枷は必要だった。
でも、それがネガティブなものだと良くない。逆にプレッシャーになって嫌になる可能性の方が高いからだ。
「コトリン。私の為にも、絶対に特別補佐官を辞めないでね?」
「え? ええ……」
アミが言うと、コトリンはきょとんとした顔で首を傾げた。
「おはようっす!」
「…………」
そこへ、ザックとベクターもログインしてきた。
「ザックさん、おはようございます」
「全く、ベクターは挨拶くらいしたらどうかしら?」
軽く言葉を交わし、それぞれのデスクに座る。
間もなく、ノブヒロが姿を表した。
全員がノブヒロの方に体を向けると、朝のミーティングが始まった。
「偽コイン事件については昨日で解決した。ご苦労だった。だが、不正行為はまだまだ後を絶たない。引き続き気を抜かず警備任務にあたるように」
「はい!」
「それでは今日のパトロールエリアだが、ザックとベクターはヨーヨギー森林。こちらには俺が同行する。そして、コトリンはアミ刑事と共にシンジーク地下ダンジョンを」
「了解です」
「質問や報告等が無ければ、早速パトロールを開始する」
一斉に席を立ち、行動を始める。
「アミ、行くわよ」
「うん」
アミはコトリンの後を追い、警備課オフィスを出る。
そして、エレベーターの待ち時間のタイミングでコトリンにこそっと囁きかけた。
「ねえコトリン、地下ダンジョンって何?」
すると、コトリンは「そんなことも知らないの?」的な顔をしながら、小声で答えた。
「シンジークの地下にはね、迷路のように入り組んだトンネルがあるのよ。そこにはモンスターがうじゃうじゃいて、プレイヤーはレベル上げによく使っているわ。でも、奥に行けば行くほど強力なモンスターが出るから、初心者には注意が必要ね」
「ふーん。そんなものがあったんだ」
「まあ、行ってみれば分かるわ」
話し終えたと同時に、エレベーターの扉が開いた。
コトリンが地下一階のボタンを押す。
「扉が開いたらそこがもうダンジョンの入り口だから、心の準備をするなら今のうちよ」
「分かった」
アミとコトリンを乗せたエレベーターは、あっという間に地下一階に到着した。
『ピンポン。地下一階、シンジーク地下ダンジョンフロアです』
扉が開くと、そこは蛍光灯で明るく照らされた殺風景なフロアだった。
見回してみても、人の背丈ほどの大きさの緑色の機械と、薄暗い空間に繋がる自動ドアがあるだけ。
「なんか地下駐車場に来た気分……」
アミが呟くと、コトリンはくすっと笑った。
「確かに、言われてみればそうね。あの機械、セーブ用の記録装置なのだけど、何だか駐車券の事前精算機に見えてきたわ」
その隣で、セーブ装置と聞いたアミはぎゅっと拳を握る。
この装置があるということは、ダンジョン内はそれだけ危険なエリアだということ。
ゲームプロデューサーからも、そんな説明を聞いた記憶がある。
「さあ、下らない話をしてないで早く行きましょう?」
「うん、そうだね……」
不安を感じながらも、アミはコトリンに続いて自動ドアからダンジョンへ足を踏み入れる。
地面はアスファルト、壁や天井はコンクリート。等間隔に照明が設置されていたり、《シンジーク中央広場方面》や《本線》と書かれた看板があることから、ここは人工のトンネルだと推測出来る。
岩がゴツゴツした洞窟だったらどうしようと思っていたが、そうではなかったので少し安心した。
アミはホッと息を吐いて、コトリンに話しかける。
「ここにはどんなモンスターが出るの?」
「そうね……。この連絡地下道だと、低級の雷属性が多いわね。もっと奥の貯留槽とか旧地下鉄駅に行くと水属性やら火属性やらのボス級モンスターも出るけれど」
貯留槽に旧地下鉄駅。
名前からして明らかに人が立ち入らなそうなエリアだ。
そういう場所ほど強敵が現れるのだろう。
アミはあまり近づきたくないと思いながらも、コトリンとはぐれないようダンジョンを進んで行く。
「分かれ道ね。アミはどっちに行きたい?」
コトリンに問いかけられ、アミは分岐したトンネルを眺める。
一つは《シンジーク街道方面 出口》と書かれた看板があり、見通しも悪くない直線道路になっている。
だがもう一方は、《管理者通路》と書かれた真っ暗な狭い通路だった。
これは迷うことなく出口一択でしょう。
アミが答えようとしたその時、どこかから悲鳴が聞こえてきた。
「う、うわぁぁぁ!」
「何かあったのかもしれないわ。アミ、行きましょう」
「え? あ、うん……!」
狭い管理者通路に駆け出していくコトリン。
その通路には入りたくないなぁ。
そう感じながらも、一人置いていかれるよりはマシだと思い、アミも管理者通路に飛び込んだ。
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