010 革命阻止

 パトカーに乗り込んだアミとコトリンは、シンジーク街道を猛スピードで北進する。


「これ追いつくの?」


 助手席で心配そうに呟くアミに、コトリンがハンドルを操作しながら返す。


「ちょっと難しいかもしれないわね……」

「じゃあどうする? ベクターさんに対処してもらう?」

「うーん、単独行動は避けた方が良い気がするわ」


 巧みなハンドルさばきで車を躱し、ひたすらにシンジークへとパトカーを走らせる。

 しかし、ディルハムはすでに運営本部タワーに近づいている。これでは爆破を止めるのは不可能だ。


「こうなったら、私の魔法スキルを使いましょうか?」

「魔法? そんなのあり?」


 少し驚いている様子のアミ。


「あり。この世界ならね」


 コトリンは得意げな表情を浮かべ、パトカーを路肩に停める。


「こんなところに停めて大丈夫? 邪魔になったりしない?」

「車は勝手に所定の場所に戻るわ。放置しておいて平気よ」


 森林エリアのど真ん中でアミとコトリンはパトカーを降りる。

 道路の交通量はそれなりに多いが、周囲は鬱蒼とした森になっていて、歩いている人は全くいない。


「さあ、私の手を握って」


 左手を差し出すコトリン。

 アミはゆっくりと右手を伸ばし、コトリンと指を絡める。


「私はどうしてればいい?」

「そのまま動かないで。絶対に手を離しちゃダメよ」


 コトリンはそう告げると、目を閉じて魔法を唱えた。


「マジックコール、アバターテレポート。プレイススペシファイ、運営本部タワー」


 直後、アミとコトリンの体が光に包まれ、その場から消滅した。


 眩しさが収まり、アミが目を開ける。

 気が付くと、そこは運営本部タワーの目の前だった。


「すごい、テレポートってこんな感覚なんだ……!」


 初めての魔法に感激しているアミに、コトリンが声を掛ける。


「その話は後。まずは爆破を阻止するわよ」

「そうだね。コトリン、絶対にディルハムを捕まえよう」


 二人は頷き合い、お互いに気を引き締める。

 アミとコトリンは同時に親指と人差し指を立てて拳銃の形を作る。そして、空中に出現したレーザーガンを手に取り、すかさず構えた。


『アカウント認証、アミ刑事、コトリン特別補佐官。許諾アカウントです。アカウント管理システム、《アンパイアー》起動しました』


 背中合わせに立ち、周囲を警戒する。

 その時、一台の車がこちらに向かって走ってきた。

 その車は速度を落とすことなく、運営本部に突っ込もうとしている。


「来たわね……」


 コトリンはレーザーガンを車に向け、引き金に指をかける。


『緊急性を確認しました。テンポラリーモード、オブジェクトデリート。障害となる物体を消去してください』


 素早く照準を定め、レーザーを発砲する。

 放たれたレーザーは一直線に伸び、車に直撃した。

 車はパーティクルとなって跡形もなく消え去り、運転席にいた男性プレイヤーが地面に体を打ち付ける。


「警備課か。よくも邪魔してくれたな」


 立ち上がった男性プレイヤーがアミとコトリンを睨みつける。


「あなたは、ディルハムさんですね?」


 アミが問いかけると、男性プレイヤーはため息を吐いて頷いた。


「そうだ。俺がディルハムだ」

「あなたがこれから何をしようとしているのか、大凡の見当はついています。大人しく我々の指示に従いなさい」

「あー。それは無理な話だな」


 ディルハムが不敵な笑みを浮かべ、ストレージ画面を開く。

 アミはレーザーガンを構え、警告する。


「運営の指示に従わない場合、規約違反で即刻アカウント削除となります。今までのデータ、失ってもいいんですか?」

「構わない。俺の作戦が成功すれば、運営なんて無意味な存在になる」

「運営が無意味な存在? あなたは一体何を企んでいるの?」


 首を傾げるアミ。

 ディルハムはふんと鼻で笑い、話を続ける。


「大凡の見当はついてるって言ったのはお前じゃないか。俺はこれからビルを壊してサーバールームに侵入し、プログラムを書き換える。まずは管理者権限を奪い、そして正規の電子通貨を変更する。そうなればこの世界は、俺を中心にして回るようになるんだよ」


 それを聞いたアミは、ようやくディルハムの真意を理解し、ハッとした表情をして呟く。


「そっか。偽コインが正規通貨になって、その代わりに正規通貨が偽物になる……。つまりあなたは、ゲーム内の経済を回す唯一の存在になろうとしている」

「さすがは刑事さん。お見事だよ」


 余裕を見せるディルハムに、アミは眉を顰める。


「さて、雑談はそろそろ終わりだ。世界が変わるその瞬間を、お前は黙って眺めていろ」


 ディルハムが画面をタップし、ストレージから何かを取り出す。

 実体化されたのは、干渉不能オブジェクトを破壊出来るあの爆弾だった。


「この世界に、革命を」


 ディルハムが思い切り爆弾を投げる。

 爆弾は宙を舞い、運営本部タワーへと飛んでいく。


「やめて!」


 アミが叫び声を上げる。

 だが、それと同時に爆弾がパーティクルとなって消滅した。

 今のは、レーザーガンのビーム?

 動揺している様子のディルハムに、こんな質問が投げかけられる。


「よもや、私を忘れていた訳ではないでしょうね?」

「コトリン……!」


 その声に、アミの表情が緩む。

 アミとディルハムがやり取りしている間に、コトリンはこっそりと場所を移動し、逆転の機会を窺っていたのだ。


「邪魔をするな、特別補佐官! お前みたいな運営の犬に成り下がった雑魚プレイヤーに、革命は止められない!」


 ストレージからレア度高めの剣を取り出し、切っ先をコトリンに向けるディルハム。

 コトリンは煽るように言葉を返す。


「ちょっと余裕無さすぎじゃないかしら? 感情的になると、隙も大きくなるものよ」

「黙れ! お前は何を言って……」


 しかしその時、ディルハムの顔が青ざめ、動きが固まった。


「良い判断よ、アミ」

「コトリンの考えてることくらい、すぐに分かるって」


 アミがレーザーガンの銃口をディルハムのこめかみに突きつけたのだ。

 動きを封じられたディルハムは、諦めたように項垂れる。


『重大な規約違反が確認されました。ジャッジメント、アカウントディリーション。直ちに措置を実行してください』


 アミが引き金を引く。


「くっ、くそーっ!」


 直後、ディルハムは赤い粒子となって消滅した。


「アミ、完璧だったわ」

「ううん。コトリンのおかげだよ」


 アミとコトリンは微笑み合い、ハイタッチを交わした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る