009 爆発

 廃ビルの前に到着したノブヒロとザックは、レーザーガンを右手に持ち建物内を窺う。


「アミ刑事、ディルハムの状況は?」


 ノブヒロが電話で問いかける。

 アミは双眼鏡を覗きながら答える。


「三階で何か作業をしています。私たちの動きには気付いていないかと」

「よし、では突入を開始する」

「アミちゃん、引き続き監視よろしく〜」

「了解です」


 ザックの言葉に、アミがこくりと頷く。


 ノブヒロが扉を蹴破り、廃ビルの中へと突入する。

 続けてザックも後を追って中へと入る。


 ビルの中は薄暗く、隙間から差し込む日光と消防設備の赤いランプだけが頼りといった感じだ。

 二人は廊下や物陰にレーザーガンを向け、安全を確認する。


「クリア」

「こっちも平気っす」


 一階に待ち伏せしている仲間はいなかった。

 やはりディルハムは警備課の動きに気が付いていないようだ。

 ノブヒロとザックは、雑居ビル特有の急な階段を登って三階へと向かう。


 一方その頃、マンションの窓越しにディルハムの様子を監視していたアミは、ある疑問を抱いていた。


「偽コインを作るなら、まずプログラムをいじるはず……。あの作業は明らかにオブジェクトを触ってるし、何か別のことをしてる?」


 そんな考え事をしていると、コトリンが戻ってきた。


「ただいま、アミ。今どういう状況?」

「おかえり、コトリン。丁度ノブヒロ刑事とザックさんが突入したところだよ」


 アミの言葉を聞いて、コトリンが深刻な表情になる。


「それは危ないかもしれないわね……」

「どういうこと?」


 首を傾げるアミ。

 コトリンは画面を表示させ、それをアミに見せる。


「ディルハムのアイテムストレージに見慣れない物が入っていたのよ。これを見て」

「まさか、これって……!」


 映し出された物を見て、アミは息を呑む。


 爆弾。それもこの世界には存在しない最新鋭の物。

 これが事実なら明らかなチート、違法行為だ。


「ノブヒロ刑事、ディルハムは違法な爆弾を所持している可能性があります。慎重に行動してください」


 アミが注意喚起したその時、三階の窓から人が飛び降りた。


「あいつ……!」


 コトリンは急いでベランダに出て、レーザーガンを向ける。


『緊急性を確認しました。テンポラリーモード、アバターパラリシス。検索対象に措置を実行してください』


 照準を定め、引き金に指をかけるコトリン。

 しかし、発砲するより早く廃ビルから爆発音が聞こえた。

 ドカーン!

 直後、三階の窓から真っ赤な炎と黒煙が立ち上る。


「コトリン!」


 アミは咄嗟にコトリンの腕を引っ張り、室内に引き入れる。

 窓を閉め、廃ビルを眺める。


「逃げられたわ……」


 レーザーガンを握りながら呟くコトリン。

 アミは電話でノブヒロとザックに話しかける。


「ノブヒロ刑事、ザックさん、応答して下さい。私とコトリンは無事です」


 だが、なかなか返事が返ってこない。


「ノブヒロ刑事、応答願います! まさか、巻き込まれた……?」


 口を手で押さえ、言葉を失うアミ。

 その隣で、コトリンが冷静に告げる。


「一分以内に応答が無い場合、私とアミの両名でディルハム確保に動く。ノブヒロとザックの対処はベクターに頼んでおくわ」


 コトリンは表情一つ変えず、タイマーを起動し一分のカウントを始める。

 五十九、五十八、五十七。

 空中に表示された数字がじりじりと減っていく。

 残り三十秒。


「多分ノブヒロとザックは行動不能状態ね。アミも出動準備を」


 その言葉を聞いて、アミがゆっくりと口を開く。


「……ねえ、コトリンは何とも思わないの?」

「えっ?」

「だって、二人も爆発に巻き込まれたんだよ? 心配にならないの?」


 涙目で問いかけるアミ。

 コトリンはアミの肩に手を置き、首を振った。


「もちろん私だって心配だし、助けてあげたい。でも、犯人を早く措置しなければより大きな被害が出る恐れがある。現実なら人命最優先だけれど、仮想世界の場合はゲームバランス最優先なの。アミには分からない感覚でしょうけど、理解してもらえるかしら?」

「じゃあ、ノブヒロ刑事とザックさんはどうなるの……?」


 首を傾げるアミに、コトリンは微笑んだ。


「大丈夫よ。もし異常があれば強制ログアウトされるし、アバターは修復出来る。現実での怪我と比べたら大したことないのよ」

「そっか、だからコトリンは平気にしてたんだね……」


 アミの表情が緩む。

 そんなやり取りをしているうちに、カウントは十秒を切っていた。


「さっきの爆発で廃ビルの壁やノブヒロのアバターがダメージを受けた。つまり、あの爆弾は干渉不能オブジェクトをも破壊させられる。早くディルハムを止めないと、取り返しがつかなくなるわ」

「そんな……! ディルハムは今どこ?」

「エービスからシンジーク街道を北進中。いや、待って……」


 コトリンが顎に指を当て、考えを巡らせる。


「どうしたの、コトリン? それがどうかした?」


 アミの問いかけに、コトリンはハッとした表情を浮かべ答える。


「運営本部。ディルハムは運営本部タワーを爆破しようとしてる……!」

「それって警備課オフィスにいるベクターさんも危ないってこと?」

「警備課もそうだけど、それだけじゃない。運営本部にはこの世界を制御するコンソールがあるのよ。きっとディルハムの目的はそれをいじること。絶対に阻止しないと……!」


 アミとコトリンは部屋を飛び出し、マンション前に停めたパトカーへと急いだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る