011 逮捕
『埼玉県警は先ほど午後三時頃、埼玉県幸手市在住の会社員
警備課オフィスのテレビにニュースが流れる。
コトリンはアミの肩に頭を乗せ、気だるそうにテレビを眺めている。
「良かったね、ディルハム捕まって」
アミがホッとした様子でコトリンに囁きかける。
「ええ。これでひとまずは安心かしらね」
コトリンは口だけ動かして返事をする。
「ったく、リアルはただのチー牛じゃねぇか。ノブヒロとザック雑魚すぎだろ」
そこへ、エービスの廃ビルに行っていたベクターが戻ってきた。
やはりノブヒロとザックは爆発に巻き込まれてしまっていたらしい。
「ねえコトリン、チー牛って?」
ベクターの言葉を聞いたアミが首を傾げる。
コトリンはアミの手を握って答える。
「アミは知らなくていいのよ。あなたは純粋なままでいて」
「う、うん……」
アミはチー牛の正確な意味を知ることは出来なかったが、恐らくネットスラングか何かなのだろうと推測した。
それから間も無く、ノブヒロとザックが再ログインしてきた。
「すまなかった。少々油断していた」
「いやいや、あの爆発は予測すんの無理ですって。だって干渉不能オブジェクトが木っ端微塵っすよ?」
無事に戻ってきた二人を見て、アミは安堵の表情を浮かべる。
「ノブヒロ刑事、ザックさん。こちらこそ爆弾に気付けなくてすみませんでした」
申し訳なさそうに言うアミ。
それに対し、ノブヒロはかぶりを振って返す。
「アミ刑事が謝る必要はない。こちらの不手際だ」
「そうっすよ。それにアミちゃんはまだ新人なんすから、気付けなくても文句なんか言いませんって」
ザックはアミの前に立ち、優しく微笑んだ。
アミは「ありがとうございます」と軽く頭を下げてから、口を開く。
「でも、いつまでも新人扱いされるのは嫌なので」
「ふ〜ん。アミちゃんは真面目だね〜」
感心したように呟くザック。
するとそこで、アミとコトリンの密着度が高いことにツッコミを入れた。
「で、アミちゃんとコトリンはいつから付き合い始めたんすか? そんなにイチャイチャして?」
アミとコトリンは慌てて離れ、白を切る。
「付き合ってなんかないです」
「そうよ。私がアミとイチャイチャする訳ないでしょう? この限界百合オタク」
だがアミとコトリンの顔は少し赤くなっている。
「必死になってるところ、逆に怪しいなぁ」
ザックはニヤニヤしながら立ち去っていく。
二人は顔を見合わせ、照れ臭そうに笑った。
「そうだ。アミ刑事、ちょっといいか?」
「はい、何ですか?」
ノブヒロに呼ばれ、アミは会議室へと向かう。
「とりあえず座ってくれ」
促されたので、アミはとりあえず椅子に腰掛ける。
ノブヒロは扉を閉め、誰にも聞こえないように話を始める。
「ディルハムの件だが、あれは思ったより闇が深そうだ」
「闇、ですか?」
「ああ。警察から聞いた話では、ディルハム自身にプログラミングやクラッキングの知識は無かったそうだ。つまり、この事件の裏には何者かがいる。もしくは何らかの組織がいる」
アミは顎に指を当て、考えを巡らせる。
「今回の事件は不正ソフトを使ってチートアイテムをゲーム世界に持ち込む手口だった。そう考えると、ディルハムの動機や一つ一つのアイテムに焦点を当てるんじゃなくて、不正ソフト自体を調べた方が早いかな……?」
ぶつぶつと呟くアミ。
ノブヒロはしばらく黙って聞いていたが、痺れを切らしたのかコホンと咳払いをした。
「でだ、アミ刑事。俺はその捜査を君に依頼したいと思っている」
「えっ、私ですか?」
アミは驚いて訊き返す。
「何も捕まえろと言っている訳じゃない。犯人を突き止めるだけでいい。もちろん拒否権はあるが、どうする?」
「……分かりました。その捜査、私にやらせてください」
キリッとした表情で答えるアミに、ノブヒロはこくりと頷いた。
「明日までにアミ刑事の管理情報アクセス権限レベルを引き上げておく。多少は捜査の役に立つはずだ」
「ありがとうございます、ノブヒロ刑事」
アミは立ち上がって頭を下げる。
「よし、もう戻って構わない」
そう言って扉を開けようとするノブヒロ。
「あの、ちょっと待って下さい」
アミがそれを制止すると、ノブヒロはこちらを振り返った。
首を傾げるノブヒロに、アミはこう告げた。
「その捜査を引き受ける代わりに、お願いがあります。この先何があっても、コトリンとのバディを解消しないと約束して下さい」
「それはどういう意味だ?」
アミのお願いを聞いて、ノブヒロの顔が歪む。
「そのままの意味です。私、コトリンと一緒ならこの世界を平和から不正を無くせるんじゃないかって思うんです。だから、お願いします」
深々と頭を下げるアミ。
ノブヒロはため息を吐き、アミの肩に手を置いた。
「アミ刑事、そのことについては約束する。ただ、そうやって特別補佐官と仲を深めて道を踏み外してきた人間を何人も見てきた。君には失望したよ」
「ノブヒロ、刑事……?」
アミが顔を上げると、ノブヒロはふんと鼻で笑い会議室を出て行った。
「私は、道を踏み外したりしない。それにコトリンをダメ人間みたいに言わないで……!」
会議室に一人残されたアミは、呟いて拳を強く握りしめた。
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