007 両想い

「忘れてって言ったのに、どうしてそんなに鮮明に覚えているのよ……」


 視線を逸らすコトリンに、アミは口を尖らせる。


「あんな衝撃的なこと忘れられないって。元はと言えば古藤さんがいけないんじゃん」

「っ! 私は悪くないわ。好きな人に告白して玉砕されるなんてよくある話でしょう?」


 恥ずかしい気持ちを隠すように反論するコトリン。

 アミはくすっと笑い、ベランダの柵に肘をついた。


「でもまあ、古藤さんが元気で良かったよ。あの日以来見かけなかったから、ずっと心配してたんだ」

「ごめんなさい。私あんまり学校に馴染めてなくて、引きこもってゲームばかりしていたの……」


 そう言って表情を曇らせるコトリンに、アミは微笑みを浮かべて返す。


「別に謝ることじゃないよ。古藤さんがゲームをやってたから、私たちは再会出来た。違う?」

「それは、そうだけど……」

「じゃ、リアルの話はおしまい。コトリンもシャワー浴びてきたら? 気分転換になるんじゃない?」


 アミがコトリンの頭を撫でる。

 コトリンは「ええ、そうね……」と頷いて、室内へと入っていった。




 シャワーを浴びながら、コトリンはアミのことを考える。


(アミ先輩、どうしてサイジェネに入社したのかしら? センター試験も受けたって聞いたし、進学希望だったはずだけれど)


 アミは中学卒業後、高校でもトップクラスの成績を修め、大学に進学したと風の噂で聞いていた。だが、アミはなぜかサイバージェネレートに入社し、仮想世界警備課に刑事として配属されている。もちろんサイジェネは国内IT大手、世界でも名の知れた企業なのだから優秀なアミが入社すること自体は不思議ではない。しかし、配属日が新年度から二週間遅れだったのが妙に引っかかった。


「まあ、私は何も言える立場にないし、詮索はやめておくわ……」


 コトリンはシャワーの音より小さな声で呟いてから、シャワーを止める。

 そして自分の体を見て、ふと想像した。


「現実のアミ先輩じゃなくて、ゲーム内のアミとだったら…………。って、私何考えてるのよ」


 コトリンはぶんぶんとかぶりを振る。

 だが、アミへの恋愛感情はどんどんと蘇ってきて、一気に膨らんでいく。

 心臓の鼓動が早まり、気持ちが高揚する。


「抑えないと。アミが私なんかと付き合ってくれる訳……」


 でも、もう我慢できなかった。

 コトリンは脱衣所で下着だけを身に着け、リビングへと向かった。




 コトリンがシャワーを浴びている間、アミはリビングのソファに座って一人考え事をしていた。


「私、随分と落ちぶれちゃったなぁ……」


 アミは子供の頃から真面目だと言われ、中学の時には生徒会長を務めた。

 だけどそれは本当の私じゃない。もちろんベースは本心だが、ほんの少しだけ優等生を演じていた。

 先生の信頼を得られれば、学校生活を優位に過ごせる。

 何とずる賢い発想なのだろうかと思うが、大人の顔色を窺う癖は染み付いてしまっていたので、途中でやめることも出来なかった。


 高校に入ってからも真面目に授業を受け、テストで満点を連発し、優等生として周りに認知された。

 そして高校二年の時、アミは担任から大学進学を勧められ、センター試験対策を始めた。その頃は勉強することは好きな方だったので、毎日机に向かって問題集やテキストを解き続けた。


 二〇二四年三月、センター試験で見事大学に合格したアミは、高校を首席で卒業した。

 けれどその時、アミは気力が湧かなくなっていた。高校の勉強とセンター試験対策の頑張り過ぎによる燃え尽き症候群。

 もう勉強なんてしたくない。

 面倒臭がりで、適当で、大雑把。本当の私はそういう人間だ。

 演じるのも嫌になり、大学は一週間で辞めた。


 働きたくない、このまま引きこもってしまいたい。でも親がそれを許してくれるはずもないので、大手求人サイトで面白そうな仕事を探した。

 そこで見つけたのが、この仮想世界警備課の仕事だった。新人が一週間で辞めてしまったらしく、すぐにでも人手を確保したいとのこと。

 分からないけど、ちょっと楽しそう。

 ゲーム内の警察官。親にそう説明したら割と良い反応が返ってきたので、迷わず応募した。


 面接をしてくれたゲームプロデューサーは二十代前半の若い女性だった。

 その人は経歴や資格ではなく人柄で評価すると言って、たわいもない雑談だけで採用が決まった。

 不思議な人ではあるが、入社出来たので何でもいい。

 ゲームや業務内容の簡単な説明を受け、アミはこの世界にログインした。


「引きこもり、か……。私とコトリン、一歩間違えたら逆の人生だったかもね……」


 そんなことを呟いて、アミは浴室の方を見る。


「いっそのこと、コトリンと付き合ってみようかな……? って、何考えてるんだろ、私」


 かぶりを振り、自虐的な笑みを浮かべる。


「コトリンが好きなのは真面目な私。堕落した私のことなんて、興味ないでしょ……」


 後輩の古藤凛とのキスは、アミの脳裏にしっかりと焼き付いていて、今でも鮮明に思い出せる。

 あの日以来、アミはどこか古藤凛のことを意識していた。


 仮想空間の中とは言え、こうして再会することが出来た。そして今、一つ屋根の下にいる。


「こんな私でも、コトリンが好きでいてくれるなら……」


 そういう趣味は無いけれど、付き合ってもいい。むしろ付き合いたい。

 アミは勝手な期待を抱き、少しドキドキしていた。

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