005 張り込み
翌日、二〇二四年四月十六日。
アミとコトリンの二人は、エービスに建つ高層マンションの前にいた。
「こんなに立派な物件、張り込み用に貸してくれるものなの?」
問いかけるアミに、コトリンが答える。
「このゲームの中じゃ、運営には誰も逆らえないのよ」
「強制権限ってやつ? そういうの、なんか良くない気がするなぁ」
アミは少しやり方が気に入らない様子だ。
「そう思うなら、不正や犯罪を全て無くすことね。不正さえなければ、私たちがこうやって警備課として介入する必要はなくなるのだから」
コトリンはそう言うと、マンションの入り口でカードキーをかざした。
「アミ、入るわよ」
「うん」
コトリンが先に中に入る。
扉が閉まらないうちに、アミは急いでマンションの中へと入った。
マジックモンスタープラネットの世界には、プレイヤーが拠点として購入できる様々な物件が存在する。お手頃価格のアパートから、このマンションのような高級物件、自由にカスタマイズ可能な一戸建てまで。中には古民家やトレーラーハウスといった個性的なものもあり、拠点にこだわるプレイヤーは多い。
『ピンポン、六階です』
エレベーターの扉が六階で開く。
アミとコトリンはエレベーターを降り、廊下を右に進んだ。
「この部屋ね」
コトリンが六〇七号室の前で立ち止まる。
カードキーをかざし、玄関を開ける。
「うわぁ、本当に良い部屋……!」
部屋の中を見て、アミが声を漏らす。
室内はシックなデザインで統一されていて、間接照明やダブルベッドが高級感を醸し出している。
「家具家電は備え付け。電気ガス水道は自由に使って良いそうよ」
コトリンはそう言いながらソファに腰掛ける。
「それで、張り込みってどうすればいいの?」
首を傾げるアミ。
するとコトリンは窓の外を指差した。
「あそこに昨日確認した廃ビルが見えるでしょう? ディルハムがログインした時点で知らせが来るから、そのタイミングで監視スタート。中で何が行われているのか、双眼鏡で突き止めるわ」
「それまでは待機ってこと?」
「そうね。おそらく月曜日まで動きはないと思うけれど、万が一に備えてここで生活する感じになるわ」
アミはこくこくと頷いて、部屋を見回す。
テレビ、エアコン、冷蔵庫。クローゼットに浴室。現実世界の物件と何ら変わりのない部屋に、仮想技術の凄さを感じる。しかし、そこでアミはふとした違和感を感じた。
「ねえ、洗濯機とか掃除機は? あとトイレどこ?」
疑問を口にするアミに、コトリンはきょとんとした顔で返す。
「そんなものいらないでしょう?」
「えっ?」
「えっ?」
二人の間にしばらくの沈黙が流れる。
「え、だって、無いと困るじゃん」
アミが困惑した表情で言う。
するとコトリンはようやくアミの言っていることに気が付いた様子で「ふふふっ」と笑った。
「アミ、あなたここゲームの中よ? 洗濯も掃除も必要ないし、お腹壊すゲームなんて聞いたこと無いわ」
「ん? あ、そっか。確かにいらないね……」
「全く、アミはよくそれで警備課に入れたわね」
けらけらと笑うコトリン。
アミは「そんなにおかしなこと言ったかなぁ?」と呟いて、恥ずかしそうに頬を指で掻いた。
夜七時。すっかり日も暮れ、部屋は間接照明でぼんやりと照らされている。
アミとコトリンがのんびりテレビを眺めていると、ノブヒロから電話がかかってきた。
「はい、アミです」
アミが電話に出る。
『もしもし、ノブヒロだ。確保した部屋、張り込みに支障は無いか?』
「今のところ大丈夫です」
ノブヒロの問いかけに、アミが答える。
『そうか、なら良かった。ディルハムはオフライン状態のままで、今日はログインしていない。あと警察とも連携を取って、リアルの捜査も進めてもらっている。現実での動きが分かればアミも少しは気が楽だろう』
「そうですね、ありがとうございます」
『偽コインは不正行為の度を超えている。電子計算機損壊等業務妨害罪にあたる、れっきとした犯罪行為だ。ゲーム内ではあるが、明日に備えて今日はゆっくり休むといい』
「了解です。お疲れ様でした」
通話が切れる。
「チートが犯罪になるって分かってる人、案外少ないのよね。裏技とチートは違うって、どうして気付かないのかしら」
隣で話を聞いていたコトリンが、ぽつりと呟く。
「まあ、今回の偽コインに関しては最早ハッキングに近い感じがするけど。……でも、変な不正行為が子供とかにまで広まるのは避けないと」
アミが言う。
それに対し、コトリンはこくりと頷いた。
「ええ。警備課の任務は不正行為を取り締まることだけじゃない。正しく楽しく遊んでもらえるように、チートはダメだって周知していくことも含まれるわ」
「そしたらコトリンが言ったみたいな、不正や犯罪の無い世界も実現出来るかな?」
そう言って微笑みかけるアミ。
「さあ。それはあなた次第かしらね」
するとコトリンは、悪戯な笑みを浮かべてそんな言葉を返した。
「それじゃあ私、お風呂入ってくる。本当はログアウトして現実の体を洗いたいんだけど、今日はしょうがないか……」
アミはソファから立ち上がり、浴室へと向かう。
「行ってらっしゃい。仮想世界で浴びるシャワーも意外と気持ちいいわよ」
コトリンが声をかけると、アミは笑顔を見せてから脱衣所の扉を閉めた。
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