004 エービス
アミとコトリンは、シンジークから南に六キロの場所にあるエービスの街にやって来た。
表通りでパトカーを降り、路地を歩く。
「ここは歓楽街なの?」
アミが路地に軒を連ねる店を見ながら呟く。
居酒屋、バー、クラブ。表通りのおしゃれな街並みとは打って変わって、路地に入った途端に夜の街が広がっていた。
それに対し、コトリンは「んー」と唸ってから答える。
「半分正解、半分外れね。確かに歓楽街ではあるのだけど、ゲーム内破産した人が流れ着くスラム街って方が正しいわ」
「ゲーム内破産?」
「ええ。アイテムもコインも全ロストして、ゲームを進められなくなった人。もちろん課金すれば続けられるし、それが嫌なら辞めればいいだけの話なのだけれど」
「じゃあ何でここにいる人たちは課金もせずにゲームをやり続けてるの?」
首を傾げるアミの顔を、コトリンがじろりと見遣る。
「それくらい察しなさいよ。そこまでして仮想世界にのめり込んでる人の現実なんて、たかが知れてるでしょ?」
「あっ、そういうこと……? ごめん、別にコトリンを傷付けたかった訳じゃないの」
両手を水平に動かすアミに、コトリンはため息を吐く。
「分かってるわ。全く、アミはピュアすぎるのよ。汚したくなるくらいにね」
「えっ?」
「こっちの話よ。その角を曲がったところが第三区画、ディルハムのログイン地点よ」
アミとコトリンが路地の突き当たりを左に曲がる。
そこには老朽化した五階建ての雑居ビルがあった。
「このビルにディルハムの拠点が?」
ビルを見上げ、アミが口を開く。
「第三区画で隠れられる場所はこのビルしか見当たらないし、間違いないでしょうね」
コトリンは空中に表示させた地図を見ながら返す。
第三区画にはこの建物以外に廃墟は無く、後は商業ビルやプレイヤー用のマンションが建っていた。そのような場所に偽コインを保管しておくのは不可能に近い。
「じゃあノブヒロ刑事に連絡するね」
「ええ」
アミは空中で指を滑らせ、ノブヒロに電話をかける。
『ノブヒロだ。拠点は見つかったか?』
「はい。恐らくエービスの路地裏にある廃ビルで間違いないかと」
『そうか、よくやった。では、アミ刑事とコトリンには明日から張り込みをしてもらう。詳細は追って伝える』
「了解しました」
電話が切れる。
「ノブヒロ、何て?」
コトリンの問いかけに、アミは呑気な答えを返す。
「明日から張り込みだって。その辺の部屋でも借りるのかな?」
「まあ、借りるんでしょうね」
それに対し、冷静に言うコトリン。
「コトリンと二人きりって、何だか緊張するなぁ」
アミがコトリンの目を見つめ、にこっと微笑む。
「そ、そう……?」
するとコトリンは急に顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに目を逸らした。
表通りに戻ったアミとコトリンは、パトカーに乗り込もうとドアを開ける。
その時、一人の男性プレイヤーが近づいて来て、二人に声を掛けた。
「すみません。警備局の人ですか?」
「はい、そうですけど……?」
アミが応じると、男性プレイヤーは安堵の表情を浮かべた。
「良かった〜。ちょっと道に迷ってしまって、困っていたところだったんです」
「どちらに行かれたいんですか?」
アミは地図を表示し、男性に問いかける。
「エービスの第五区画です。そこに友人が始めた家具屋があるんですけど、教えてもらった情報が曖昧で……」
「あー、たまにいますよね、ざっくりとしか教えてくれない人。第五区画ならこの道を真っ直ぐ行って、交差点渡った向こう側ですよ」
「そうですか、ありがとうございます! ちなみに刑事さん、お名前は?」
男性プレイヤーは感謝した様子で頭を下げると、アミに名前を聞いた。
「私ですか? 私は本名でやってるので教えるのはちょっと……」
アミと言う名前はプレイヤーネームではなく本名なので、教えるのは少し憚られた。
申し訳なさを感じつつ、断るアミ。
「ああ、そうでしたか。すみません、答えにくいこと聞いて」
「いえ。また困ったことがあればいつでも声掛けてくださいね」
「分かりました!」
男性プレイヤーは手を振り、笑顔で立ち去っていく。
「人助けすると、した方も気分が良くなるよね。そう思わない?」
パトカーに乗り込みつつ、アミが言う。
コトリンは運転席に座り、シートベルトを締めながら返す。
「それは否定しないけれど、今の人、何か嫌な感じがしたわ」
「嫌な感じ? 私は普通に優しそうな人だと思ったけど……」
助手席に座ったアミは、そうかなぁと首を傾げる。
「とにかく、名前を教えなかったのは正しい判断だったわ」
コトリンがパトカーを発進させる。
「まあ私も、刑事としてそれくらいの危機意識は持ってるよ」
アミはそう言って軽く微笑んだ。
エービス、第五区画。
先ほどの男性プレイヤーが、路地裏で誰かに電話をかけている。
「もしもし、俺だ。警備課がうろついてるけど、計画はこのまま進めるでいいのか?」
『構わない。もうすぐでゲームバランスが崩壊するんだ。今さら計画を止める気は無い』
「そうか。くれぐれも捕まるなよ、ディルハム」
電話が切れると、男性プレイヤーは不敵な笑みを浮かべた。
「さて、どこまで俺を楽しませてくれるかな? 警備課の新人刑事さん?」
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