003 偽コイン
シンジーク中央広場。
アミとコトリンが待っていると、そこへノブヒロがやって来た。
ノブヒロは男性を二人引き連れている。一人はオレンジ髪、もう一人は銀髪。
この二人が残りの特別補佐官のようだ。
「アミ刑事、偽コインの話は事実か?」
ノブヒロの問いかけに、アミはこくりと頷く。
「はい。アイテムショップで偽コインを使用した男性と、道端で偽コインを所持していた女性に措置を実行しました」
「まさかここまで出回っているとはな……」
困った様子で呟くノブヒロ。
すると、後ろにいたオレンジ髪の特別補佐官が声をあげた。
「あれ? その子が新しく入った刑事さんっすか?」
アミは頭を下げ、笑みを浮かべる。
「今日から配属になりました、アミです」
「アミちゃんか〜。俺はザック、よろしく」
ザックは身長百六十二センチほどで、剣士風の衣装の上に警備課のジャケットを羽織っている。
「アミちゃんとコトリンの班、楽しそうだなぁ。ノブヒロさん、俺あっちの班がいいっす!」
こちらを指差しながら、ノブヒロにお願いするザック。
しかしノブヒロは、ザックに目を向けることもなく返す。
「駄目だ」
「ったく、ノブヒロさんは堅いんっすよ。あ〜あ、百合の間に挟まりてぇ……」
頭の後ろに手を回し、つまらなさそうな態度をとるザック。
それを見て、銀髪の特別補佐官が鼻で笑う。
「ふん。そんなん聞かなくても分かんだろ」
「あ、あの……?」
アミが銀髪の特別補佐官に声を掛ける。
「ほら、自分の名前くらい名乗ったらどう?」
コトリンが言うと、銀髪の男性は面倒臭そうにポケットに手を突っ込みながら答えた。
「俺はベクターって言うんよ」
「よ、よろしくお願いします……」
アミはその態度に恐怖心を抱きつつ頭を下げる。
ベクターは身長百七十センチほどで警備課の中で一番背が高い。目つきが鋭く、全身黒のレザー服というその見た目は、まるで悪の組織の一員だ。
そんなベクターはアミに顔を近づけ、にやりと不敵な笑みを見せる。
「おめぇ、弱いだろ? 一週間、いや三日持てば良い方か……」
「あなたねぇ?」
アミを馬鹿にするベクターに、コトリンが詰め寄る。
「おおこりゃ失礼。コトリンのお気に入りでしたか」
ベクターはアミから離れて両手を上げ、降参のポーズをとった。
「そこ、何を喋っている。今から作戦を立て直す。警備局に戻るぞ」
ノブヒロがベクターとコトリンに注意し、指示を出す。
「ったく、仲が良いんだか悪いんだか。アミちゃん、困った時は俺を頼ってくれよ」
「ザックさん、ありがとうございます」
肩をぽんと叩くザックに、アミは軽く会釈した。
仮想世界内の警備課オフィスは、シンジークに建つ運営本部タワーの二十五階にある。
運営本部タワーは高さ二百四十三メートルを誇るこの惑星で最も高いビルで、最上階には一般プレイヤー向けの展望フロアも設けられている。
警備課フロアの会議室の椅子に、アミ、コトリン、ザック、ベクターの四人が腰掛ける。
「まずはアミ刑事に俺たちの捜査情報を教えておく必要があるな。これを見ろ」
ノブヒロが空中に画面を表示させる。
アミはその画面を覗き込んだ。
【プレイヤーネーム:ディルハム 生年月日:2001/07/22 住所:埼玉県幸手市】
そこにはプレイヤーの名前と顔写真、アカウント情報が書かれていた。
「このディルハムさんは、一体何をしたんですか?」
首を傾げるアミに、ノブヒロが答える。
「こいつが偽コインを大量に所持し、市場にばら撒いている。そのログは確認済みだ」
「じゃあ、あの女の子に偽コインを渡したのは……」
「恐らくこいつで間違いない」
ディルハム。アラブ首長国連邦の通貨と同じ名前。
これもきっと無関係ではないだろう。
目的は何なのか。どうやって偽コインを作り出したのか。
考えを巡らせるアミに、コトリンが話しかける。
「アミ、変わらず頭脳は健在なようね」
「えっ、何? 聞いてなかった」
しかし集中していたアミには、コトリンの言葉は届いていなかった。
コトリンは微笑んで首を横に振る。
「いえ、何でもないわ」
「? そう……」
アミは再び頭を働かせる。
「そういうところも、昔と変わってないわね。アミ先輩……」
コトリンは誰にも聞こえないような声で、小さく呟いた。
「ディルハムはオフライン状態っすね」
「やはり我々の動きに気付いたか。現実世界に逃げられては手が出せないな……」
ザックとノブヒロが難しい表情で言う。
「ま、逃げるような奴にロクな人間はいねぇ。ログインした瞬間にぶっ殺してやんよ」
ただ、ベクターだけは楽しげな様子だ。
コトリンはしばらく画面を見つめた後、口を開く。
「そいつのログインした時間と場所って分かる? 傾向を割り出せれば待ち伏せ出来るかもしれないわ」
「確かにそうだな。ログを検索する」
ノブヒロは画面を操作し、ディルハムの過去のログイン履歴を調べる。
【2025/04/15 9:03 エービス第三区画】
【2025/04/07 8:55 エービス第三区画】
【2025/03/31 9:02 エービス第三区画】
【2025/03/24 9:06 エービス第三区画】
「毎週月曜日の午前九時前後、エービス……。パターンは一目瞭然ね」
画面が表示されると、コトリンはすぐにそう言った。
「シンジークから南に下った《エービス》という街にディルハムの拠点があるようだ。アミ刑事、コトリンと共に現地に行って調べてほしい」
ノブヒロに指示されたアミは、「了解しました」と大きく頷いた。
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