002 アンパイアー

「あの、さっきの人、公安とか何とかって言ってたけど……」


 アミが疑問を口にすると、コトリンはため息を吐いて答える。


「そういう呼び方する人、たまにいるのよ。監視官だの執行官だの、アニメとこじつけて何が面白いのかしらね……」

「ああ、アニメが元なんだ」


 アミはそういうものには一切詳しくないので、ゲームの世界で当たり前のように飛び交う言葉も知らないことが多い。


「ねえアミ? どうしてあなたはゲーム会社に入ったの? 二次元には興味無さそうに見えるけれど」


 今度はコトリンが質問する。

 アミは「ははは」と笑ってから返す。


「うん、コトリンの言う通り、ゲームには全く興味ないよ。私はただ刑事になりたかっただけ」

「ふーん、そう……」


 自分から聞いておいて、あっさりとした反応をするコトリン。


「私の答え、つまらなかった?」


 アミが言うと、コトリンは小さく首を振る。


「いえ。期待した私が馬鹿だったわ」

「?」


 コトリンは何を言っているのだろうか。

 アミは首を捻った。




 アミとコトリンの二人は、シンジークの西街区までやって来た。


「アミ、次はあなたがやってみなさい」


 コトリンの言葉に、「えっ?」と驚くアミ。


「あの挙動不審な女の子、きっと何かあるわ」


 コトリンが中学生くらいの女性プレイヤーを指差す。

 その女性プレイヤーは、人目を気にするようにキョロキョロと周囲を見回していた。

 アミはしばらく様子を見てから、小声で言う。


「あの子、ゲームに慣れてないだけなんじゃない……?」

「それならそれで道でも教えてあげればいいわ。とにかくアンパイアーで調べましょう」

「わ、分かった……」


 アミは人差し指と親指を立て、鉄砲の形を作る。

 すると空中にレーザーガンが出現した。


「それ、掴んでみなさい」


 コトリンに促され、アミは右手でグリップを握る。


『アカウント認証、アミ刑事。許諾アカウントです。アカウント管理システム、《アンパイアー》起動しました』


「アンパイアーの説明は受けてるわよね?」

「はい。配属前にゲームプロデューサーから聞きました」


 アンパイアー。それはゲーム内でのプレイヤーの行動履歴を監視、記録するシステムで、違反行為があったアカウントを凍結、追放する機能を持つ。

 しかし、人工知能に全てを任せると誤った措置を講じてしまう恐れがあるので、実行は警備課の刑事と特別補佐官に委ねられている。


「無実であれば何も起きない。気にせず銃を向けていいわ」


 気にせずと言われても。

 アミは少し緊張した面持ちで女性プレイヤーに近づく。


「あのー、すみません?」


 恐る恐る声を掛けると、女性プレイヤーはビクッと体を震わせる。


「ひゃ、ひゃいっ!」

「驚かせてごめんなさい。警備課です。ちょっと調べさせてもらえますか?」


 アミの言葉に、女性プレイヤーの目が泳ぐ。


「あの、それは、えっと……」

「調べるだけだから。怖がらないで」


 アミはレーザーガンをゆっくりと女性プレイヤーの顔に向ける。


『当該アカウントの、ログの検索を開始します』


「このゲームやるの初めて? 私も今日が初めてなんだ。バーチャルの世界なのに、すごいリアルだよね」


 女性プレイヤーの緊張をほぐそうと、アミは色々と話しかける。

 しかし、女性プレイヤーはずっとおどおどしたままだ。


「大丈夫。何もしてないでしょ?」


 そう言ってアミが微笑みかけたのと同時に、合成音声が流れる。


『一件の不正行為が確認されました。ジャッジメント、シンビン。速やかに措置を実行してください』


 シンビン。十分間のアカウント凍結措置。

 レーザーガンが変形し、銃口が開かれる。


「嘘? もしかして万引きとかしちゃった?」


 アミは信じられないといった様子で女性プレイヤーに問いかける。

 すると女性プレイヤーは、俯いて口を開いた。


「……私、偽コイン貰っちゃったの」

「偽コイン?」

「さっき男の人から、お金あげるよって言われて。所持金少なかったから貰っちゃったけど、確認したら偽物だった……」


 その男の人、もしかして先ほどのアイテムショップの男性プレイヤーだろうか?

 アミは手招きしてコトリンを呼び寄せる。


「どうかした? 撃てないなんて言わないわよね?」


 右手を腰に当て、首を傾げるコトリン。

 アミはかぶりを振って答える。


「そういうのじゃなくて。この子の不正行為、さっきのと繋がってる気がするの……」

「さっきの?」

「うん。この子、男の人から偽コイン貰ったみたいで」


 それを聞いたコトリンは、顎に左手を当てて考えを巡らせる。


「……確かに、調べてみる価値はありそうね。でも、まずはその子を撃ってからよ」

「やっぱり、撃たなきゃ駄目か……」


 アミは肩を落とし、女性プレイヤーに優しく微笑みかける。


「ごめんね。怖いかもだけど、十分間だけ我慢してね」


 そして、引き金を引いた。

 銃口から白いレーザーが発射され、女性プレイヤーは隔離空間に強制転移された。


「もしかすると、偽コイン事件はノブヒロの捜査案件と関係があるかもしれないわ。一度合流しましょう」


 コトリンは空中を二回叩き、メニュー画面を開く。

 そこから受話器のマークを選択し、ノブヒロに電話をかけた。


『コトリン、何の用だ。新人が気に入らないか?』


 いきなり高圧的な態度をとるノブヒロ。

 コトリンは冷静に返す。


「ノブヒロの方で、偽コインって聞いたことない?」

『偽コイン? ああ、そんな話もあるが、それがどうした?』

「こっちでも二件あったのよ。偽コイン。今から合流できる?」

『二件も? よし、シンジーク中央広場で落ち合おう』

「了解」


 電話が切れる。


「中央広場。急ぐわよ」

「うん」


 コトリンとアミは顔を見合わせると、シンジーク中央広場へ駆け出した。

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