【本編完結済み】仮想世界警備課 〜新米刑事と美少女廃ゲーマーの捜査日誌〜
横浜あおば
第一章
001 不正行為
二〇二四年四月十五日、午前十時。
VRMMOゲーム《マジックモンスタープラネット》の世界に、アミは降り立った。
だがそれは、プレイヤーとしてではなく。
「すみません、ログインに手間取ってしまって……」
「君が新人か?」
「はい。今日から仮想世界警備課に配属になりました、アミです」
マジックモンスタープラネットを運営する企業、《サイバージェネレートエンターテインメント》には、仮想世界警備課と呼ばれる部署があった。この部署は主にゲーム内での不正行為や犯罪を取り締まる、いわばゲーム世界の警察のような存在だ。
「業務内容について、アミ刑事は理解しているか?」
問いかけるのは、アミの先輩にあたる男性刑事のノブヒロ。
身長は百六十五センチほど、髪は黒く目つきは少し鋭い。
グレーのスーツできちっと決めたその姿は、いかにも刑事といった感じだ。
「説明は受けましたけど、詳しくは……」
それに対し、アミは申し訳なさそうに答える。
アミの身長は百六十センチで、髪は栗色のショートヘア。
服装は白のYシャツにグレーの膝丈タイトスカート。Yシャツの襟と手首は紺色になっていて、両腕には警備課を示す刺繍があしらわれている。
綺麗な白い肌に大きめの胸を持つアミのアバターは仮想世界の中だけの体に思えるが、現実のアミも全く同じ体をしている。
というのも、警備課の刑事はプレイヤーとは違い、サイバージェネレートのオフィスにある専用機器からログインしている。その為、体型や髪色など一切のキャラクターメイクが出来ないのだ。
「そうか。とりあえず一つだけ注意しておく」
「注意、ですか?」
首を傾げるアミに、ノブヒロは顔を近づけて言う。
「この仕事では狂った人間と行動を共にする。アミ刑事、道を踏み外すなよ」
「は、はぁ……」
何のことやらといった様子のアミ。
「今からアミ刑事のバディを紹介する。コトリン特別補佐官、来なさい」
ノブヒロが一人の少女を呼び寄せる。
その少女はピンク色の長い髪をなびかせながら歩いてきて、アミの前で立ち止まった。
少女は身長百五十八センチほどで、髪だけでなく瞳までピンク色をしている。ファンタジー風の紺色のロングカーディガンを羽織り、胸元には警備課のマークが、腕には《106》と番号が書いてある。
カーディガンの下から覗く胸の谷間とへそ、スカートとニーハイソックスの間の絶対領域が何ともいやらしい。
無言で見つめてくる少女に、アミは挨拶をする。
「今日から警備課に配属になりました、新人刑事のアミです」
「…………」
しかし少女は黙ったまま、何も反応しない。
「あの、えっと……?」
戸惑うアミに、ノブヒロはこう告げた。
「特別補佐官を人間扱いする必要はない。奴らはただの廃ゲーマーだ。深く関われば自分がおかしくなる」
「でも、彼女は私のバディなんですよね?」
「そうだ」
「じゃあやっぱり、それなりに信頼関係を築かないと……!」
アミの反論に、ノブヒロは大きなため息を吐く。
「アミ刑事。俺が言ったことを忘れたか?」
「道を踏み外すな、ですよね? それは分かってます」
「お前は分かっていない。アミ刑事、がっかりさせないでくれよ」
ノブヒロは踵を返し、どこかへと歩き出す。
「あの……」
アミが困った様子で呼び止めると、ノブヒロは振り返って一言。
「コトリン、いい加減喋ったらどうだ?」
そしてそのまま人混みへと消えていった。
しばらくして、少女が口を開く。
「私はコトリン。警備課の特別補佐官よ」
アミはもう一度頭を下げ、挨拶をする。
「あっ、改めまして、アミです。えっと、コトリンさんはどうしてずっと黙ってたんですか?」
質問すると、コトリンは顔を赤らめて答える。
「それは……、あなたに見惚れていたから……」
「えっ……?」
驚くアミに、コトリンは慌てて首を振る。
「いえ、何でもないわ。今のは忘れて」
「……。それで、これから何をするんですか?」
アミが話を戻すと、コトリンは簡単に説明をする。
「今日は単純にパトロールよ。不正行為をしている人がいないか、バグは無いか、そういう確認をしていく感じね。付いてきて」
コトリンが歩き出したので、アミははぐれないように後ろを付いていく。
「ノブヒロ刑事って、いつもあんな感じなんですか?」
アミが話しかけると、コトリンは「そうね」と頷いてから言う。
「特別補佐官は私以外にあと二人いるのだけど、そいつらがなかなか厄介でね。いつも手を焼いてるのよ。まあ、私が廃ゲーマーなのは事実だし、否定する気もないわ」
特別補佐官はプレイヤー目線から刑事をサポートするのが役割で、このゲームを知り尽くしたトッププレイヤーだけしかなることが出来ない。ノブヒロの廃ゲーマーという表現は確かに間違いではない。
「私はこのゲームについて詳しくないので、色々と教えてもらえると助かります」
そう言うアミに、コトリンは優しく微笑みかけた。
「別にタメ語でいいわよ。さん付けもいらないから」
「じゃあ、コトリン。よろしくね」
「ええ」
マジックモンスタープラネットは、魔獣の住む惑星が舞台の剣と魔法のファンタジーRPGだ。
アミとコトリンがいるこの街は《シンジーク》。その惑星の首都という設定になっている。高層ビルが建ち並び、この世界のプレイヤーとアイテムが一番集まってくる大都市だ。
ただ、プレイヤーが多ければ不正行為も多くなる訳で、シンジークのパトロールは警備課の最重要業務に位置付けられている。
「アミ、ストップ」
突如、コトリンが左腕を伸ばしてアミを制止する。
「コトリン、どうかした?」
「あのプレイヤー、偽コインを使ってるわ」
コトリンの言葉を聞いたアミはアイテムショップに視線を移す。
ショップでは一人の男性プレイヤーがレアリティの高い剣を購入していた。
普通の光景にしか見えないが、コトリンは何かを感じ取ったらしい。
「職質かけるの?」
「ええ。アミはここで見てて。やり方分からないでしょう?」
コトリンは親指と人差し指を立てて鉄砲の形を作る。すると、空中にレーザーガンが出現した。
コトリンがそれを手に取ったのと同時に、合成音声が流れる。
『アカウント認証、コトリン特別補佐官。許諾アカウントです。アカウント管理システム、《アンパイアー》起動しました』
「それじゃ、行ってくるわね」
「気を付けて」
アミはコトリンがどんな風に職務質問を行うのか、その場からじっと眺める。
「お兄さん。そのコイン、偽物よね?」
「ああん?」
背後から急に話しかけられた男性プレイヤーは、怒った様子でコトリンを睨みつける。
だが、コトリンは怯むことなく話を続ける。
「どうも、警備課よ。逃げた時点で規約違反になるから、じっとしていなさい」
胸元のマークを見て、男性プレイヤーの表情が凍りつく。
「お前、公安の執行官か……!」
「あなたの履歴、検索させてもらうわ」
コトリンはレーザーガンを男性プレイヤーの顔に向ける。
『当該アカウントの、ログの検索を開始します』
「やめて、やめてくれ……!」
男性プレイヤーの顔がどんどんと強張っていく。
数秒後、再び合成音声が流れる。
『複数の不正行為が確認されました。ジャッジメント、アカウントロック。速やかに措置を実行してください』
レーザーガンが変形し、銃口が開かれる。
コトリンは引き金に指をかけ、照準を定めた。
「……さよなら」
銃口から黄色いレーザーが発射され、男性プレイヤーの体を撃ち抜く。
「う、うあぁっ!」
直後、男性プレイヤーは光の粒子となって消滅した。
「アミ、やり方は分かったかしら?」
何事も無かったかのように戻ってくるコトリン。
アミはあまりの冷酷さに、こくこくと頷くことしか出来なかった。
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